第57話 パーティーを追放された訳
「うーん、今日も混んでいるな」
冒険者ギルドに戻った俺は、サロメさんに初日の報告をしようと考えていたのだが……。
「またあの人か」
例のAランク冒険者のニコルさんがカウンターに座ってサロメさんと話をしている。
色々と話しておきたいこともあったのだが、あれではいつになるかわからない。
「ティム先輩。半分成功扱いにしてもらえました」
そう考えていると、ガーネットが戻ってきた。彼女には依頼失敗の報告をしてくるように言っていたのだが、採取したハーブは必要数には足りなかったが、一応指定の半数以上あったため、冒険者ギルドにある在庫と合わせることで手心を加えてもらえたらしい。
「良かったな」
「はいっ!」
朝に怯えていた時とは態度が違う。どうやら一日一緒に行動したことで少しは気を許してくれたらしい。
「取り敢えず今日はここで解散だ。明日はまた別な依頼を受けて外に出よう」
「今度こそ頑張ります」
俺がそう言うと、ガーネットは拳を握り気合を入れるのだった。
「ふぅ、やっぱり一日に一度は身体を動かさないとな」
ガーネットとわかれてから俺が向かったのはダンジョンだった。
基本的にダンジョンは街の中心に存在する。
それは元々ダンジョンがあったところに街ができたからだ。
ダンジョンは生活に必要な様々なアイテムを落とすので、自然と人が集まる。
生活に必要な魔導具を動かすための魔石であったり、ダンジョンドロップのポーションなどの消耗品。
鉄やミスリルなどの金属から、嗜好品まで……。
そのせいもあってか、ダンジョンのアイテムを買うために商人が集まり、冒険者に装備を売るために武器屋や防具屋が集まり。人が集まるので食堂や酒場などが集まるようになった。
俺は本日、ガーネットの付き添いをしただけで、まったくモンスターとも戦っていない。毎日それなりに疲れるまで戦っていたのにこれでは調子がくるってしまう。
そんなわけで、俺は晩飯を食う前に腹を空かせるため、ダンジョンを訪れていた。
「『ロックバースト』×2」
「「「「ギョヘエエエエエエ!」」」」
目の前のモンスターがまとめて吹き飛んでいく。職業は相変わらず戦士なのだが、元々上げている魔力が高いため、四層のモンスターならこうして反撃させることなく倒すことが出来るようになっていた。
「うん、結構一杯倒したな。それにしても腹減った……」
最近、やたらと腹が減るようになった気がする。その分食事を一杯食べられるのが嬉しかったりする。
酒場のメニューは豊富なのだが、一人だと食べられる量が決まっているので、普段食べている料理の他を注文する気がおきないからだ。
パーティーとかだとたくさん頼んでおいてシェアするようだが、多く食えないのがソロの欠点じゃないかと考えたりする。
それにしたって最近は良く食うので食費がかさむ。それなりに稼げるから良いが、今日のガーネットの様な依頼では赤字になるだろう。
「ガーネットといえば……どうしたもんかねぇ」
魔道士としては絶望的、僧侶としては何とかなるかもしれないが、治癒魔法の回数が少ないとなるとあまり危険な真似はできない。
「このまま諦めさせるべきなんだろうか?」
背負った時に彼女が震えていたのがわかった。
あれはモンスターが怖かったのではなく、自分の力が足りていないことに対する悔しさだろう。
「……………………」
俺はしばらく考えると、
「まあ、本人次第か」
無慈悲に彼女に通告をする前にできることについて考えるのだった。
「おはようございます。ティム先輩」
翌日。冒険者ギルドに顔を出したところ、ガーネットが既に来ていた。
懐中時計を見ると、待ち合わせの30分前。一体いつから待っていたのだろう?
「おはよう、すっかり元気そうだな」
顔を覗いてみるが、昨日の失敗を引きずる様子はない。
俺が見ていることに気付いたのか、彼女は顔を上げる。
「今日は『ミスティカの苔』の採取依頼を受けてきました」
『ミスティカの苔』は解熱作用があるので薬の材料になるアイテムだ。水辺周辺の岩に付着しており、採取が面倒なのでハーブと共によく依頼が掲示板に貼られている。
「となると川まで行く必要があるな」
森の次は川ということで、俺はガーネットを連れて今日も街の外に出掛けるのだった。
「きゃっ、水が冷たいです」
ガーネットはローブをまくりあげて腰で縛ると素足で川へと入っていく。
『ミスティカの苔』は岩肌に付着しているので、採取するにはこうして身体を水に濡らす必要がある。
「苔が生えている岩は滑りやすい。間違って足を滑らせて転ばないようにな」
俺は彼女の方を見ないようにしながら忠告をする。それと言うのもローブをたくし上げてしまうと見えてはいけない部分が露出しているからだ。
その間に何もしないということはない。俺は河原で火を起こしながら竿を振る。ガーネットが上がってきた時に乾かすために必要だし、魚が釣れたら焼いて食べるつもりだからだ。
「わかりました、がんばります」
ガーネットは素直に俺の注意を聞くと、真剣な顔をして水面を見つめる。
そして苔がある岩を持ち上げると、
「うんしょっと」
そのまま河原まで持ってきた。
「やっぱり地面がある場所の方が採りやすいですね」
ナイフを取り出すと岩から苔を剥がして瓶に詰めていく。今日の依頼はこの瓶一杯の苔を集めることなのだ。
普通なら瓶を腰につけて削いだ苔を入れるのだが、岩ごと運ぶとはなかなか大胆な採取方法だ。
「今日は流石にモンスターもいないとおもうので、安心して苔を採取できますね」
ガーネットはそう言うと、張り切って苔を剥がし続けるのだった。
「んー、ティム先輩が釣って下さったお魚美味しいです」
頬に手を当てて幸せそうに魚を食べるガーネット。貴族の娘ということもあってか、こういった食事は苦手だと思っていたが、どうやら先入観があったようだ。
曲がりなりにも冒険者を半年続けていたのだから、釣って焼いた魚をその場で食べるということにも忌避感がないらしい。
小さな口ではむはむと魚をついばんでいる。
あれから、あっという間に目標の苔を手に入れた彼女は、濡れたローブを乾かすために火の前に陣取った。
その時には俺も自分が釣った魚を枝に刺して焼いていたので、ちょうど良いとばかりに飯にすることにしたのだ。
「そういえば、言い辛かったら答えなくてもいいんだが」
「なんでしょうか?」
ガーネットが首を傾げる。
「前のパーティーで半年やってこれたんだよな? どうして外されたんだ?」
曲がりなりにも治癒魔法は使えるようなのだ。どうしてこのタイミングで追放されたのかが気になった。
すると、ガーネットは食べかけていた魚を下し、火を見つめる。
「嫌なことを思い出させたようだな、忘れてくれ」
これはよほどの目に合ったのだと察する俺は、ガーネットにそう言う。
「いいんです。ティム先輩には聞く権利がありますから」
そう言って俺を見たガーネットの瞳は潤んでいて悲しそうだった。
「私のいたパーティは男3人女2人の5人組だったんです」
静かな声で語り始める。
「私は治癒魔法が仕えたので回復役として入っていたんですけど、一向に上達せず仲間の脚を引っ張っていたんです」
火が揺れて彼女の瞳の中で動いた。
「それでも一生懸命に働いていたんですけど、ある日パーティーメンバーの男の人たちから告白されたんです」
「人たちってことは一人じゃないんだな?」
俺の問いにガーネットは頷く。
「パーティーにいる三人に同時に告白されました」
「そりゃまた……」
気まずいことこの上ない。
「私はその告白を断り、それからもパーティー行動をしていたのですが、次第に彼らの態度が変化したのです」
魚を持つ手がギュッと閉まる。
「最初は個別に食事に誘うようになってきて、次第にエスカレートしていきました」
俺は黙って続きを促す。
「そして、つい最近になって『もしパーティーに残りたいのなら俺と恋人になれ』と言われたのです。それを私は拒否しました」
なるほど、戦力としていまいちだったが、男連中はガーネットに好意を抱いていたからこそ追放しなかったということか。
彼女の瞳が揺れているのは焚火の揺れのせいではないだろう。不安そうな目で俺をじっと見る。ガーネットからすると俺も男なので信用できない可能性もある。
ガーネットの告白を聞いた後、俺はどう答えて良いかわからず沈黙するしかなかった。
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