第51話 穏やかな休日

「さて、今日はどんな本を読もうかな?」


 今後の方針を決めて、職業変更とステータスを振った俺は休日ということもあったので街へと繰り出した。


 それというのも、最近、本を読むのに嵌っていて、休日は近くのカフェに籠って読書をして過ごすようになったからだ。


「おっ、ティム君。今日はお休みかい?」


 店に入ると初老のマスターが笑顔を向けてくる。


「ええ、ちょっと色々考えていたら遅くなりましたけど、まだランチメニュー行けますか?」


 時間は昼時をやや過ぎていて、自分で休日を設定する冒険者以外は労働に戻っているころなので店内は客もまばらだった。


「もちろんさ、私は若者が美味しそうに食べるのを見るのが好きだからね。どんどん注文しておくれ」


 実際、ここのカフェの料理は美味くて量も多い。


 オリーブさんに教えてもらった店なのだが、彼女もここが気に入っているのか俺が利用していると何回かに一回は顔を合わせることがある。


「じゃあ、今日は『お勧めパスタのスープセット』で、飲み物は暖かい紅茶を食後にお願いします」


「はいよっ! ちょっと待っててね」


 俺はメニューを横に置く。今日一日ここにいるつもりなので追加オーダーをする予定なので手間を省いたのだ。


「ええ、ゆっくりで構いませんので。俺は本を選んでますから」


 このカフェには本棚があり、たくさんの本が収められている。

 マスターが若いころからコツコツと集めたらしく、利用客ならば好きに手に取って良いので、宿暮らしで本をそれほど所有できない俺にとっては大変嬉しいサービスだった。


「ここは王道の冒険者成功譚物にするか……、それともダンジョン攻略物にするか?」


 いずれも胸が高鳴る物語だ。日頃ダンジョンに潜り、休みの日までダンジョンのことを考えてしまう。それほどの魅力があの危険な場所にあるのだと本を手に取りながら考える。


 やがて俺は、数多くある本の中から数冊を選ぶと自分の席へと戻っていった。


「おっ、その物語に目を付けるとは私と気が合うじゃないか」


 しばらくの間、本を読んでいるとマスターが料理を運んでくる。


「どうやらマスターとは本の趣味が似ているみたいですね」


 俺は手にしていたダンジョン物語の本を閉じる、テーブルの端に置き料理を楽しむことにした。


「うん、ボリュームがあるし美味しい。いくらでも食べられそうですよ」


 大皿にこれでもかと盛りつけられたパスタを小皿にとってから口に運ぶ。

 味わいは申し分なく、ときどきスープで舌をリセットしては次々と食べていく。


「ふぅ、御馳走様でした」


 あれだけあったパスタはものの十数分ですべて俺の胃袋へと消えた。


「良い食べっぷりだね」


「連日ダンジョン暮らししてますからね、こういう時には一杯食べたくなるんですよ」


「ふむ、それは身体が疲れている証拠だな。冒険者は疲労をしているとそれを回復させるために食いだめをすることがあるんだ。足りないようならまた作るからいつでもいいなさい」


 マスターにお礼を言う。事実疲れているのだろう。


「そう言えば一昨日壁が壊れてね、そこは隙間風が入るだろう? 場所を移動した方が良いのではないかい?」


 言われてみれば確かに頬を風が撫でる。


「まだ暖かい時間ですから丁度良いくらいです」


「そうかい? あまり風に当たると体調を崩しかねないからな。席は勝手に移動しても構わないから」


 そう言ってマスターは戻っていく。



 俺はマスターがが食器を洗う音や、他の客が注文する声、来客を告げるベル。すべての音を聞きながら物語に集中していった。


「……ムさん? ……つれいしますね」


 何かが聞こえた気がするが物語が気になって顔を上げることはない。


 陽差しが暖かく、食後ということもあってか次第に眠気を覚えた俺は――


 ――気が付けば微睡に身を任せていた。




「っと……、いつの間にか寝てしまっていたようだな?」


 身体を起こすと何かが背中からずり落ちた。


「これは……?」


 手に取ってみるとストールのようだ、柄を見ていると落ち着く何とも言えぬ良い匂いが漂ってくる。


「スースースー」


 横を見てみると椅子にもたれかかりオリーブさんが眠っていた。


 どうやら、さきほど俺に声を掛けていたのは彼女だったらしい。


「となると、このストールも彼女の物か」


 休日に会った時に身に着けていたのを思い出す。俺が風邪を引かないように掛けてくれたのだろう。


「おっ、ティム君目が覚めたようだね? 何か飲むかい?」


 マスターが俺に聞いてくる。俺はまだ眠っているオリーブさんの身体にストールを掛けると……。


「…………くしゅん」


「いや、今はいらないです。ただ、もう少ししたらホットココアを2つ注文するかもしれませんね」


「そうか、それは良い考えだな」


 マスターと2人で笑い合うと、俺はオリーブさんが目を覚ますのを待つのだった。


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