第37話 野営にて……
パチパチと薪が爆ぜる音がし、鍋が火にかけられている。
鍋の中身は水で戻した干し肉とそこらで採取したキノコ類で、味付けと言えば多少塩を振っただけ。
これが今日の晩餐で、他には硬パンなどを各自が用意している。
現在、俺たちは一日の行軍を終えて野営をしていた。
野外で活動する冒険者は討伐依頼を果たすまで山や森に籠りきりになることがよくある。
中には火が使えなかったり、水が確保できなかったりする状況もあるので、この程度の食事でも腰を落ち着けて食べられるだけ恵まれている方だろう。
少し離れた場所には布と縄で作られた簡易天幕が設置されている。
雨風を完全に防げるかと言われると疑問だが、運びやすさと眠れれば良いという点を考えれば十分なのだろう。
「よし、飯は食ったな? そんじゃあ、明日陽が昇ったら出発だ。それまでは交代で見張りに着く。順番は――」
俺はドキリとする。野営の際に見張りをすると聞いたことはあるが、これまで野外での活動はゴブリン討伐のみ。
日帰りだったのでやったことがないのだ。
見張りとは言っても、火に薪をくべて絶やさないことと周囲に張り巡らせた罠にモンスターが引っかかったら全員を起こすと、やることは決まっているのだが……。
俺は周りをぐるりと見渡す。
基本的に見張りは2人で行うものなのだ。
レッドは論外としてウォルターとは勝負の最中。
マロンとも仲が良いわけではない。
かろうじて含むものがないのはグロリアだが、見張りの順番はウォルターが決めることになっている。
ウォルターと目が合う。視線から特に含むものは感じず、奴は順番に見張りの名前を呼んでいった。
ひたすら目の前の火を見続ける。
一定時間ごとに手元にある薪を放り込み、火を見つめる作業を繰り返し既に一時間が経過した。
何度懐中時計を見ても時間の進みが遅く感じる。もしかすると今日の戦闘で壊れてしまっているのではないだろうか?
本来ならこうした時間はステータス画面を見つめるのに使うのだが、もう一人の見張りがいる以上、不審な動きはとることができない。
何もないところを見つめて指を動かしていたら変人扱いされるからだ。
「……ねぇ」
そんなことを考えているとマロンが話し掛けてきた。
そう、俺と見張りをしているのはマロン。彼女とは同期なので研修期間からの付き合いではあるが、ほとんど絡むことがない。
ウォルターやレッドが絡んでくるときも一応中立ではあったが、そもそも他人にあまり興味がないように見える。
「それ、懐中時計でしょ?」
「あ、ああ……」
「ちょっと見せてよ」
どうやら俺ではなく、懐中時計が気になって話し掛けてきたらしい。
俺はマロンに懐中時計を渡すと……。
「この刻印、ロジェのじゃない?」
「そうなのか? 良く知らないんだが……」
「街一番の時計職人じゃない。予約が殺到しているから、入手するのに一年は待たなきゃいけないのよ。正確に刻をきざむ針の動きと精密な作りは、一度稼働したら寸分狂うことなく50年は動き続けるって有名よ?」
あまりの饒舌っぷりに驚かされる。
サロメさんがあっさりと手に入れてくれたから知らなかったが、苦労した様子をまったく見せなかったことといい、彼女の人脈はどれだけ広いのだろうか?
「私もいずれは欲しいと思っていたのに……まさかティムに先を越されているなんて……」
これまで見た中で一番悔しそうな表情を浮かべながら俺に懐中時計を返してくる。
「それ、結構な値段したでしょう?」
「……まあ、それなりには」
俺はサロメさんに支払った金額を思い出す。
以前買ったマジックダガーは余裕で買えるくらいの金額だった。
「それをそんなにあっさり買えるってことは……あんた結構稼いでいるわね?」
とうとう懐中時計どころか俺にまで興味を向け始めた。
「ダンジョンでひたすら狩りをしてるだけだからな、そんな実感が湧かない」
他の冒険者の収入を聞いたことがないので比較できないのだ。
報酬の一部は冒険者ギルドの借金返済に充てているし、最近では通貨で受け取らずサロメさんから口座残高を教えてもらう程度だ。
「そろそろ、交代の時間じゃないか?」
懐中時計を見ると、ちょうどウォルターが言った時間になっていた。
マロンはゆっくりと立ち上がる。
「やっぱり野外活動にはあった方が良いわよね、私も一つ買っておこうかしら」
そう言って天幕へと向かう。その途中俺の横を通り過る際に、
「そうだ、あんた魔法の才能あるわよ。スクロールで出す魔法の威力は魔力に依存してるからね。この機会にスキルを覚えておくといいわよ」
肩を叩きながらそう言うと天幕へと入って行った。
「なんだったんだ?」
懐中時計を見せたあとから、今までよりも友好的な態度を見せ始めたマロンに困惑する。
少しするとグロリアが天幕から出てきた。
「……う、もう交代?」
眠いのか目を擦りながらフラフラと歩いてくる。
地面には石も落ちているので、踏み外したりしないかと考えながら見ているのだが、どうやら寝ぼけていてもそこは注意しているようだ。
危なげなく近づいてくると、さきほどマロンが座っていた石に腰を下ろした。
「ほら、目覚ましに飲むといい」
彼女のコップにお湯を注いで渡してやる。
「ありがとうございます、ティム君」
彼女はコップを受け取ると柔らかい笑顔を見せた。
「ふーふーふー」
息を吹きかけて湯を冷ましてから飲む。じっと見ているのも悪いので俺は火の管理へと戻った。
しばらくして、顔を上げるとグロリアが俺を見ている。
「どうした?」
微動だにしないので不思議に思って話しかける。
「こうしてティム君と一緒に冒険しているのが不思議な気がして」
「まあ、俺はこうなるまでに色々と出遅れていたからな……」
スキルが発現せず、それでも冒険者を諦める覚悟が持てず、延々とゴブリンだけを狩り続けた。
今でこそ『ステータス操作』のお蔭でソロ活動をやれるようになったが、当時の俺ですら今の状況を想像していなかったので、グロリアがそう思っても不思議ではない。
「でもそれだけに、私はティム君が心配なんです」
「どういう意味だ?」
俺は訝しんだ目をグロリアに向ける。
「今回の依頼はレッサードラゴン群の討伐、今日戦ったオークなんかとは比べ物にならないくらい強いモンスターです」
「それは知っているが……」
ゴブリン・コボルトはすべてのモンスターの中で最弱になる。
オークはそれよりも強いのだが、レッサードラゴンの群れはそんなオークよりも更に強かったりする。
「私はこの勝負、続けるべきじゃないと思っているの」
彼女はコップを握り締めるとそんな言葉を口にした。
「今からでも遅くないから、ティム君。勝負は止めにしよ? ウォルター君には私からも取りなすからさ」
様子が変だと思っていると、どうやらグロリアは俺の心配をしてくれていたようだ。
無意識に口の端が釣り上がる。
「……それ、ウォルターにも話をしたのか?」
「え、うん。勝負を開始するギリギリまで説得は試みたよ」
「それで、やつはなんて答えた?」
言い辛いのか、彼女は一瞬言い淀んだ。
「……『考え直すつもりはねぇ、奴には冒険者の厳しさを教えてやる』って」
その言葉を聞いて俺の頬は緩んだ。
「ティム君?」
そんな俺の変化に気付いたのか、グロリアが首を傾げる。
「勝負の撤回はしない」
俺はきっぱりとグロリアに応える。
交代の時間になったので、俺が立ち上がるとグロリアは焦って近付いてきた。
「どうして! ティム君はもうDランク冒険者になっている。努力の成果なら既に示しているじゃないっ! これ以上危ない目にあって欲しくないよっ!」
腕に縋り付くグロリア。そんな彼女を見ていると怒りにも似た悲しみが沸き起こった。
俺は今まで彼女にだけはそのような感情を抱いたことがなかったのだが……。
「今回の件に限ってだが、ウォルターやレッドの方が正しい」
「えっ?」
俺の言葉の意味がわからないのか、グロリアは聞き返すと固まった。
ウォルターもレッドもマロンも、日中に見せた俺の動きのあと『帰れ』とは言わなかった。
だが、グロリアだけはそれに近い意味を口にしたのだ。
「結局、お前が一番俺の力を信じていなかったわけだ」
俺の悲しみに満ちた言葉に、彼女は口元に手をやると大きく目を見開いた。
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