ゴリナースの処方箋

サムライ・ビジョン

第1話 痴話喧嘩

東山駅で降り、黄色い看板がよく目立つ建物があるというのでそれを見つけ、まずはそこまで歩いていく。

そこまで近づいてきたら「喫茶ポエム」という店があるらしいので、通行人に尋ねてそこまで向かう。小さなその喫茶店は営業しているのかどうかも定かではないが、それはこのさい問題ではない。

そのすぐ向かいに病院があるのだ。


では、その病院に「例のナース」がいるのかと言えば、そういうわけではないのだ。

ナースと名のつく者はみな病院にいそうなものだが、彼女の場合その限りではない。

病院とビルの間にはトレーラーハウスとキャンピングカーがあり…彼女は前者トレーラーハウスにいる。


「…あら、いらっしゃい」


ドアを開けると、彼女は脚組みをしたままオフィスチェアを半回転させた。


「初めに言っとくけど冷やかしなら御免よ」

想像通りと言っては失礼だが、やはり彼女は普段から不遇な扱いを受けているようだ。


「いえ、決して冷やかしなんかじゃないです。ここでならどんなケガや病気も治せるという噂を聞いたので…」

「やーねぇ…なんでも治せるだなんて、そこまでの名医になった覚えなんてないわ。…さっきあんた、そういう良い噂を聞いてここに来たって言ったけど、本当にそうかしら?」

彼女は右手のマウスを離し、体をこちらへ向けて問いかけた。


「…あなたのそのビジュアルに関しても噂が立ってるのは知ってましたし、それを気にしてなかったと言ったら、嘘になりますが…」

「でしょうね。そろそろこの街も潮時かしらね。やんなっちゃうわ全く…」


「動悸がするんです」


僕がそう言うと、彼女は僕の目を見据えて、先程よりずっと声のトーンが低くなった。


「聞かせて。動悸の他に何かある?」


表情筋のわずかな動きも僕には分かった。

彼女は今、仕事に気持ちを切り替えたのだ。


「物事に集中できなくなるときがあって…」

「ほうほう…」

「ここ最近では夜なかなか寝付けなくて…」

「睡眠にも支障が…ちなみに動悸のことなんだけど、どんなときに動悸が起こるの?」

僕は勇気を出して答えた。




「あなたのことを考えているときです!」


「…分かったわ」

「分かってくれましたか?」


「結局あんたも冷やかしで来たんだってことがよぉ〜く分かったわ」


捻り出した告白も彼女には通用しなかった。


「冷やかしじゃないですって!」

「うるさいわねぇ! 冷やかしに決まってるでしょうがこんなもんはぁ! 大体あんた、高校生くらいのガキんちょじゃない!」


ここでムキになった僕が悪かったのだ。


「そう言うあなただって、霊長類のてっぺんに君臨するゴリんちょじゃないですか!」


僕は思わず言ってしまった。ルッキズムがなんだかんだといわれるこのご時世で。

彼女のビジュアルに関するザレゴトを…




「なぁにがゴリんちょよ! あたしだって好きでゴリラになったわけじゃないわよ!」

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