第37話 更なる面影
まず、桜の枝に囚われた化生への一手を撃ち込んだのは明信だ。
明信は袖から取り出した式の札を三枚、一気に飛ばす。それらは化生のもとへ届くと同時に
鴉は化生の上空を旋回し、小さな蛟は化生の足下を這い、大鹿は
「……さあ、どう出る?」
「グルル……ガアァァッ」
急速に化生の足が膨張し、絡みついていた枝がミシミシと音をたてて弾け飛ぶ。その瞬間、駆け出す直前に明信の指示を受けた鴉が化生の目を突いた。
「ギャアァァッ」
「まだだ、大鹿!」
目から黒いものを垂れ流しながら暴れ回る化生から離れた鴉は、素早く上空へと逃げ去った。それからすぐ鴉に代わり、大鹿が体に見合った大きな角を振りかざし、化生へ向かって突進する。太く大きな角は幾つもの枝に分かれ、化生獅子の胴体に突き刺さった。
「グアッ……ガアァァァッ」
ぶんっと体を震わせて痛みのもとである大鹿を振り落とした獅子は、それに指示した明信へと怒気と恨みに満ちた目を向ける。吼えると同時に明信へと突進しようとした刹那、今度は体が動かない。
ぶるぶるとしながらも動けないことに焦燥を感じているらしい獅子に、明信は不敵な笑みを向けた。
「動けないだろう? 足下、見てみろよ」
「……ッ」
言われた通りに足下に見えている左目を向けた獅子は、音もなく絡みつく蛟の存在に気付く。蛟は人の腕ほどしかなかったはずの大きさを変え、今や獅子の半分ほどの大きさへとなっていた。それが獅子の後ろ脚を緩く締め上げている。
獅子に気付かれた蛟は、その締め上げる力を一気に強めた。そして蛟の尾を大鹿がくわえ、四肢で踏ん張る。蛟は体を動かし、獅子を引きずり倒した。
「――そのまま、叩きつけろ!」
手で印を結び、明信が指示を出す。応じた蛟は大鹿の力を借り、体で締め付けていた獅子を離した瞬間に今度は口でくわえ、大きく振り上げた。
――ドゴォッ
土煙を上げ、獅子が叩きつけられる。砂が目に入らないよう目を細めた明信は、背後に感じた少女へと場所を譲る。
「さあ、仕上げだ」
「えげつねぇ……」
一部始終を見ていた守親が、苦笑を漏らす。彼に支えられている桜音は呆然としつつ、戦いの様子を見詰めていた。
桜音は、急速に記憶はこの奥に眠る記憶が呼び起こされるのを感じた。式の扱いも習いながらも、扱うことがとても苦手だった彼女を思い起こす。刃物を使った戦いに憧れながらも、体の弱さからそれを許されなかった姫君。式のようなものを使うことに憧れ、教えを乞うていた娘。
「そうか、きみは……」
「桜音どの、どうかなさったのか?」
「いいや」
守親の問いに首を左右に振って応じた桜音は、横で刀に手をかけている紗矢音へと目を移す。何処か緊張している様子だが、その瞳には絶対的意志が宿っていた。
明信に代わり飛び出した紗矢音は、彼女の心に反応して熱を持つ刀を抜き去った。淡い薄紅色は
紗矢音が刀の切っ先を向けると、獅子の目の色が変わる。そこにある怒りや痛みへの苦痛などの様々な感情が全て瞳に宿り、紗矢音を射抜く。
「……っ。あなたを倒して、手を伸ばさなければならないの」
あなたは悪くないのに、ごめんね。胸に痛みを覚え、紗矢音はわずかに目を伏せた。それでも戦う意志に変わりはなく、桜守の力を持つ刀を構える。
「グ、ググ……」
蛟によって動く自由を奪われ、鴉に片目を潰された獅子。その首の傍に立ち、紗矢音は刀に思いを乗せる。
(どうか、力を貸して。――
澄姫と紗矢音は同じ魂を持つ別人。それを知った時は動揺したが、今は彼女が代わりのいない程強い味方だと思うことが出来ている。己の心情の変化がなぜ起こった事なのか、紗矢音はまだ真正面からは向き合えないでいた。
スッと刀を振り上げる。そこに宿るのは、千年桜の力。炎に似た桜の花びらが舞い上がり、彼女を包み込む。
「桜花秘伝――炎桜風吹!」
斬撃は赤い桜吹雪となり、獅子を覆う。そして断末魔すらも呑み込み、獅子の化生は塵一つ残さず姿を消した。
「……やった?」
「やったよ、紗矢音……ありが、と……ごほっ」
「桜音どのっ」
後ろから聞こえた苦しげな声に、紗矢音は顔を真っ青にして振り返った。守親に支えられて体を休める桜音のもとに駆け寄り座り込む。
桜音は喉を押さえ、苦しそうに息をしている。時折、ひゅーひゅーと抜けるような音が彼の喉から聞こえた。顔色は青白く、押さえている喉もとに巻き付くようにある『呪』は、少しだけ広がったようにも見受けられた。
「桜音どの!」
「紗矢音、落ち着け!」
「兄上だって!」
兄妹で言い合いを始めそうな雰囲気に、明信は飽きれて仲裁に入る。顔を突き合わせる二人の額に手を添えて離させ、苦笑いを浮かべた。
「全く……、桜音どのが驚くだろう。こんなところで喧嘩しないでくれ」
「う……。ごめんなさい」
「す、すまない」
紗矢音が声を詰まらせ、守親が目を逸らして許しを請う。二人に謝らせた明信は軽く息をつき、仰向けの桜音の額に手を当てた。
「額が熱い。熱を冷まさないと。一先ず、脅威は去ったから桜守の邸に……」
「――待って」
明信の手を掴んだのは、苦しそうな桜音だった。驚く明信たち三人に、桜音は一言ずつ確かめるように言葉を発した。
「先に、伝えておきたいことがあるんだ……」
桜音の視線が守親に向く。それを見て、守親は桜音がこれから何を話そうとしているのかを察した。
「あの話ですか、桜音どの」
「うん。だけど、きみの知る話とはまた少し違うかも知れないけどね」
そう前置きした上で、桜音は三人を順番に見た。
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