初恋の亡霊

時無紅音

初恋の亡霊

 扉が開くと同時に、懐かしい空気が流れ込んで来た。

 電車の中でずっと目を向けていたスマートフォンをポケットにしまい、扉をくぐる。相変わらずの寂れた郊外にあるこの駅は、年末にもなると殆ど人の出入りがない。降りた人数も乗った人数も、片手で数えられる程度だった。

 うどん屋だったり極小サイズの薬局だったりが建ち並ぶ駅舎を通り抜け、改札口にICカードをかざす。

 二年ぶりに訪れた街は、なんら変わりなかった。

 駅前にはサイゼリヤにマック、カラオケがある。明日は大晦日だというのに今日も部活があったのか、近所の高校のユニフォームを着た野球部らしき集団がからあげクンを一人一個、仲良く頬張っていた。 

 唯一変化していたところと言えば信号だ。昔は車と人が同時に渡っていたが、いつの間にか歩車分離式になっている。今は車のターンらしく、斜め横断用の白線を向いて立ち止まる。ダウンを着ていても、塵のように舞い散る雪のせいか少し肌寒かった。

 手を擦り合わせていると、車用の信号が黄色に変わっていた。早く実家に帰って、炬燵にこもりたいものだ――

「――もしかして、祐馬(ゆうま)?」

 不意に、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこには見覚えのある女がいる。

「お前……未来(みらい)か?」

 小、中とずっと同じクラスだった、柊(ひいらぎ)未来。背は伸びているし、ショートカットだった髪も肩まで伸びている。けれど、直感的に彼女だと分かった。白いコートに身を包み、マフラーで鼻まで隠れているが、目元だけでも分かるくらい美人になっている。

「やっぱ祐馬だ。久しぶり」

 くしゃりと目を柔らかく歪め、未来は微笑む。

「あ、ああ……久しぶり」

 青に変わった信号を合図に、どちらからともなく歩き出す。未来が引っ越していなければ、俺たちの家は同じ方向にあるはずだ。

「まさかこんなところで祐馬に会うなんてね」

「……俺も驚いたよ」

 パチンコ屋から漏れ出た音の中を通り抜け、一歩先を歩く未来について行く形で昔から変わらないでこぼこの歩道を進む。

「最後に会ったの、中学の卒業式だっけ。五年ぶり?」

「そう、だな」

 俺と未来は違う高校に進んだ。具体的には、俺はチャリで通える距離の高校、未来は少し遠めの有名な進学校へ。

 昔から未来は頭がよかった。学校のテストでは当たり前のように満点を取るし、そのうえ陸上部ではキャプテンも勤め、大会でも好成績を納め推薦でも進学できたほどだ。結局は学力だけで高校に受かったはずだけど、思い出すのも嫌になるくらい絵に描いたような才色兼備だった。

「懐かしいね、あの時さ――」

「未来」

 思わず、語気が強くなった。未来は言葉を遮られたことに驚いたのか、振り返り、切れ長の目を丸く開いてこちらを見る。少し茶色がかった双眸。幾度となく見つめたその奥と、先程の言葉に、否が応でも思い出してしまう。

「あはは、ごめんごめん。触れられたくなかった?」

 未来は曖昧に笑って、前を向く。未来は昔から、よく笑う子だった。笑顔を絶やさないから周りにはいつも人がいて、だからいつも笑っていた。

 それでもきっと、知っているのは『周り』の中でもとびきり付き合いの長い俺くらいのものだろう。

 彼女が時々、今のような仄暗い笑い方をするのは。

 それが何を意味しているのか、何を思っているのか、昔の俺には最後までわからなかったけれど。

 いつかその笑顔が彼女を壊してしまう気がして、ならなかった。

 強かな仮面の奥に、シャーペンの芯みたいなものが隠されているような気がして、ならなかった。

 誰かが守らなければ、今すぐ消えてしまいそうな、そんな気が。

 だからという訳ではないけれど。

 俺は中学の卒業式の後、彼女に告白した。

 結果は……まあ、惨敗だったのだが。

「びっくりしたよ、あの時は。まさか祐馬が私のことを……ね。思いもしなかったからさ」

「……必死こいて隠してたからな。誰にも――未来にもバレないように」

 あの告白に勝算があったかと言われれば、頷くことはできない。けどまるっきりなかったのかと言われれば、それも違う。俺と彼女の間には、何か不思議な絆のようなものがあると思っていたから。

 その絆の、一番分かりやすいのが呼び方だ。俺は名字の『榎田(えのきだ)』の上二文字をとって、周りからは『エノ』と呼ばれていた。未来と出会う前からずっと、これが俺のあだ名だった。けれど、未来は俺のことを『祐馬』と呼ぶ。未来以外、俺をそう呼ぶのは両親くらいのものだ。

 俺も未来の兄貴と仲がよかったから、差別化を図るために名字ではなく名前で呼んでいる。未来を下の名前で呼ぶ男は俺の知る限り、俺だけだった。

「あ、公園!」

 突然未来は叫び、小走りで道を逸れていく。追って、進路を変えると、昔よく遊んだ公園にたどり着く。未来はすでにブランコに腰掛け、きぃ、きぃ、と揺れていた。

「そのブランコの対象年齢、六歳から十二歳になってるぞ」

「じゃあ私、今だけ六歳児!」

 ブランコの上に立ち、未来は更にスピードをあげる。

「せめて十二歳にしとけよ」

「祐馬は乗らないのー?」

 声を上下に前後に行ったり来たりさせながら、未来は言う。

「子供じゃあるまいし」

「それ、私のことバカにしてる?」

「多少は――いだッ」

 肯定したら、ブランコから靴が飛んできた。

 顔を上げると、未来がブランコの上でケラケラと笑っている。

「なにすんだよ」

「人をバカにした罰だよーだ」

 俺は地面に落ちた靴を拾い、未来とは逆の方に思いっきり投げた。

「あ、ちょ、なんてことするの! 降りられないじゃん!」

「ならずっとそこにいろ!」

「ええい、これでも食らえー!」

 未来はもう片方の靴も俺へと飛ばし、俺はそれをキャッチして、先程とは別の方向に投げる。

「あー! もう、あとで取ってきてよ!」

「知るか! 学習しろ!」

 いかにも子供っぽい、大人げない、他愛ない、そんな時間。まるで昔に戻ったようで、浸るにはちょうどいいぬるま湯だった。

 天に上っていきそうなくらいに気持ちよくて、底なし沼に首まで飲み込まれたみたいに心地よくて。風邪のときに見る夢みたいな曖昧な時間が、流れていく。

 冷たい風が頬を打つ。

 あの日は、どんな風が吹いていたっけ。

 確か、中学の卒業式は三月の頭だったはずだ。早咲きの桜が少し開き始めたくらいの。温かくて、少し甘い香りのする、そんな風だった気がする。どうにも思い出せないのは、きっと思い出したくないからなのだろう。

「昔はさ、よく遊んだよね、この公園で」

 俺は黙って、小さく頷いた。

 この公園は俺の家と未来の家のちょうど間くらいにある。グラウンドも併設されている大きな公園で、小学校から終わった後、未来と遊ぶにはちょうどいい立地だったのだ。

「鬼ごっことか、缶けりとか、あとサッカーとか野球とかもやったっけ。ゴムボールとプラのバットでさー。昔は冬でも半袖で走り回れたのにね」

「半袖だったのは未来だけだろ」

 今でこそお淑やかな、いかにも清楚系といった見た目の未来だが、昔は男かと思うくらい髪は短かったし、実際に男に混じって遊ぶことがほとんどだった。休み時間になるといの一番にボールを持って飛び出してたし。

「だって、遊んでたら暑くなるじゃん?」

「遊ぶまでが寒いだろ。公園に来る途中とか」

「私、家から公園まで走ってたからなー」

「どんだけ遊びたい盛りだったんだ」

 子供の体力は無尽蔵とはよく言ったものだ。……未来ほどではないものの、小学生の頃は俺も延々と遊び回っていた。思い返してみると、どこにそんな体力があったのか分からなくて怖くなる。

「今じゃ絶対無理だよね、あんなの。ブランコ漕いでるだけでも、ちょっと疲れてきたもん」

「俺は駅から歩くだけでも十分疲れたよ」

 主に未来と出会ったせいで精神的な疲労がとんでもないだけだが、それは口にしなかった。

 未来はブランコを漕ぐのをやめ、座った。ゆるやかに速度の落ちていくブランコの上で、足をぷらぷらさせている。

「祐馬、ちゃんと運動してる?」

「いっつも大学の課題に追われてるからな。それどころじゃねえよ」

「へえ。大学行ってるんだ」

「今の時代、誰でも大学くらい行くだろ」

「だって祐馬、昔から勉強苦手だったじゃん。私、高校合格したって聞いたときほんとに驚いたんだから」

「バカにしすぎだろ」

 ……事実なんだけども。高校も合格点最低ラインだったし。

「そういえば、会ったの駅だったもんね。もしかして帰省? 一人暮らししてるの?」

「……一応は」

 家事の類はろくにできないけれど。いつもスーパーで半額になった惣菜を買う生活だ。

「どこ大?」

「……××芸大」

「えっ、芸大⁉︎」

 未来は目を見開いて、足の動きを止めた。

「……まあ、な」

「どこの学部?」

「うちの大学、芸術学部しかねえよ」

「じゃあ何学科?」

「…………」

 正直、あまり未来に大学の話はしたくない。未来みたいな何もかもを持っている、エリート街道まっしぐらなやつからすれば、俺の歩もうとしている道は、不確かで不安定で、不甲斐ないものだろうから。

「……笑うなよ」

 けれどどこかで、彼女に笑われたいとも思っている。思いっきりバカにされて、心の底から嘲笑されて、末代まで侮蔑されたくも、思っている。

 未来は俺を見て、首肯する。それをしっかりと見届けてから、俺はため息混じりに空を仰いだ。

「文芸学科だよ。小説家目指してんだ、俺」

「…………」

 うるさいくらいの静寂が、視線と共に突き刺さる。そこだけ穴が空いたみたいに黒い目で、未来が俺を見ている。途端に地面が消え去ったような気がして、俺は下を向いた。

 未来の顔を見るのが怖い。できるなら、底抜けに呆れた目で――

「――ふふっ」

 掠れた吐息のような、鼻から抜けた笑い声が聞こえた。

 これでいい、これでいいんだ。笑われるくらいが、ちょうど。

「あのさぁ、祐馬」

 上を向いたまま動かない俺に、未来は少し遠くから投げかける。

「なんで笑われると思ったの?」

 どくん、と心音が変調した。

 ぐつぐつと、ぐらぐらと、ぐちゃぐちゃが入り交じった頭で、未来を見る。

「なんで、って……」

 咄嗟には言葉が継げなかった。

「私が、そんなことで笑うような人間になったとでも思った?」

 頭のど真ん中を打ち抜かれたような気分になりながら、俺は這いつくばるように、必死に喉を震わせる。

「そういうわけじゃ、」

「じゃあ、なんで?」

 ころころとした大きな黒い粒が、怒るでもなく、あやすでもなく、ただ俺と向き合うように、俺を見ている。

「すごいじゃん、小説家の卵なんて」

「……卵ですらねえだろ。目指してるだけなんて」

「書いてないの? 小説」

「そりゃ課題とかもあるし、書いてるけど」

「じゃあちゃんと卵だよ、佑馬は」

 未来は諭すように言う。

 その優しさが、痛かった。

 けれど俺は、未来が笑わないことなんて、分かっていたはずなのだ。

 初めて会った小一から、中三の卒業式まで。

 鬼ごっこも缶けりもサッカーも野球も。

 遠足も修学旅行も花火大会も。

 英語の授業も理科の実験も。

 テスト前に図書室でした、二人きりの勉強会も。

 九年間も、一緒に過ごしてきたのだから。未来が人の夢を笑うことなんて、絶対にないと知っていたはずなのに。

 ……ああ、なるほど。

 俺はどうしようもなく、未来が好きだったんだ。

 だから――未来に失望したかったんだ。

「……未来」

 未来が夢を笑うような人になっていたら。

 未来が人を笑うような人になっていたら。

 俺は未来を、軽蔑していただろうから。

 だから俺は未来に、軽蔑されたかったんだ。

 そうすればきっと、未来を嫌いになれるから。

「変わらないな、お前は」

「そう? 背も髪も伸びたし、ほら、胸も」

「そういうとこだよ」

 多分、未来は俺の言いたいことを分かっていながらとぼけている。未来は昔から、そんなやつだった。

 要領がいい、というのだろう。人一倍コツをつかむのが早くて、それでいて人一倍の努力をかかさない。ずっと未来は、俺にとって雲の上の存在なのだ。きっとこれからも。

 なのにいつも近くにいて、そこにいて当たり前の存在に思えてしまう。

 どうしたって手の届かない存在だと分かっているのに。分かっていたのに。

「……そっちは?」

「ん?」

「未来は今、なにしてるんだ?」

 俺が告白なんかしなければ、今みたいに疎遠にはなっていなかったのだろう。今でも普通に、駅前のサイゼリヤに集まったりして、ドリンクバーを全種類混ぜられたりとか、それくらいの友人でいられたはずなのだ。

「ふふん。聞いて驚きたまえ」

 告白なんてしたから、俺は今日ブランコを漕げなかったのだ。

「私ね、△△大に通ってるんだ」

 未来の口から出たのは、誰でも耳にしたことがある、有名な海外の大学の名前だった。歴史に名を残す偉人を何人も排出している、名門中の名門だ。

「……そうか。やっぱすごいな、未来は」

 どうか。

 どうかそのまま。

 もっと先を、走っていてほしい。

 手を伸ばしても届かないくらい遠くまで。

 もがくことすら選べない場所まで。

 登ることすら諦めるしかないほど高くまで。

 夢を見るなんて許されないような世界まで。

「祐馬みたいに、明確にやりたいことがある人の方が、私はすごいと思うけどな。私なんて、とりあえずで進めるところに進んだだけだし」

 謙遜ではなく、本心からの言葉らしかった。長い付き合いだ。それくらいは分かる。

 けれど、謙遜ではないからこそ、俺は拳を握りしめざるをえなかった。

 俺なんて、未来に比べれば路傍の石ころにもなれないくらいの、ちっぽけな存在なのに。

 そんな俺をすごいなんて、他ならぬ未来に言われたくなかった。

「……俺なんて、芸大の最低辺這いつくばってるだぞ。未来が行ってるような大学なんて、どれだけ行きたくても行けないよ」

「学歴なんて就職する時にちょっと待遇がよくなる程度だし。それに、小説家になるならそんなの関係ないでしょ?」

「なろうと思ってなれるもんじゃないだろ、小説家なんて」

「でも、なろうと思わなきゃなれないものでしょ」

「なれなかったら路頭に迷うだけなんだぞ。安定した職についてる方がいいだろ」

「じゃあなんで、小説家になろうと思ったの?」

「…………」

 俺は口を噤んだ。噤むしかなかった。

 なんで小説家を目指したのか――確かな理由を、俺は持ち合わせていなかったから。ただなんとなく、ぼんやりと、漠然と、頭の中に文章が浮かんで、それがいつのまにか小説になって、どうせなら小説家になりたいという目標がそこにあるだけだったから。

 未来はとりあえず大学に行ったと言っていたが、そういう意味では俺も変わらない。とりあえず何か目安がほしくて、とりあえず手が届きそうなところに、手を伸ばしただけだ。

 実際には小説家なんて、遠すぎて霞んでいるけれど。

「てか、別に小説家一本で食っていかなきゃいけない訳じゃないし。テキトーにサラリーマンでもして、んで暇な時に小説書いて。だったらやっぱり、学歴はあった方がいいだろ」

 話を逸らし、目線も虚空に追いやる。先ほどからずっと、未来とまともに目を合わせていない。それだけで壊れる何かが、俺たちの間にはある気がして。

「…………」

 今度は未来が黙り込んだ。俺の言葉の何がそうさせたのかは分からないが、未来は珍しく表情をなくして、浅く息を吐き出す。

「……変わらないね、祐馬も」

 言って、未来は少し俯く。ふわりと風に浮いた前髪の奥に、血の気を感じさせない額が見え隠れしている。

「私、祐馬のことが大嫌いだった。ずっと、ずっと」

 顔をあげた未来は、緩く唇を噛んでいた。何かをくっと堪えるように。見覚えのある表情だった。あの時とーー俺の告白を断った時と、同じ顔だ。俺の知らない未来が、そこにいた。

 ひょっとしたら、未来はあの時も、俺の気持ちに気づいていたのかもしれない。さっきは「びっくりした」と言っていたけれど、なんとなく、全部見透かされているような気がした。

「…………」

 だから何も言えなかった。逆立った背中の毛がやめておけと言っている。これ以上彼女に近づくのは、彼女を望むのは、彼女を好きでいるのはやめておけと、言っている。

 彼女は気づいている。俺が未だ彼女に未練を抱えていることに。ただの直感だが、恐らく間違いではない。

 だが次の瞬間、未来は切れ長の目許で曲線を描き、浅い作り笑いを浮かべた。何度となく見てきた、柊未来がそこにはいた。

「そろそろ帰ろっか。暗くなってきたし」

 いつのまにか空は黄昏色に染まっていた。風も冷たさを増しているし、コタツに潜り込むにはちょうどいい時間だろう。

「じゃ、靴取ってきてよ」

「……完全に忘れてた」

 昔は靴下が汚れることなんて気にしていなかったけれど、俺も未来も、あの頃から少しは成長したのだろうか、それとも。

 俺は未来の靴を取ってきて、未来の足下に置いた。

「ん。ありがと」 

 未来は靴を履き――突然に、ブランコを力一杯こぎ始めた。

 ぎぃ、ぎぃ。

 錆びた鎖が、鼓膜を逆撫でる。

 未来の体を乗せたブランコが、下手をすれば一回転してしまいそうな速度と高さで弧を描いていく。

 ブランコの周りの鉄柵に腰掛けながら、そういえばこんな遊びもやったな、と思い出す。勢いのついたブランコから、どこまで飛べるかってやつ。何度やってもやっぱり未来には敵わなくて――

「――よっ」

 未来は、空を飛んだ。

 舞うように。

 泳ぐように。

 僅かに青を残した赤い空が、彼女の影を俺へと伸ばす。その影は、やがて俺を染め上げて――そして、追い越していった。

 砂煙があがる。

 未来は何食わぬ顔で立ち上がり、んー、と背伸びをした。

「まあ、まずまずってところかな」

「いや怖いわ。人の頭上を飛ぶな」

 もし未来が失敗していたら、俺まで巻き添えを食らう位置だった。

 けれど、彼女はきっと失敗しない。俺の知っている彼女はそういう人だった。

「私が飛ぼうとしてるのに、ぼーっと座ってる方が悪いんでしょー」

「急に飛ばれたら避けようがないだろ」

 最後まで言い合いばかりだった。

 けれど、これくらいの距離感が、俺たちにはちょうどいい。

「……帰るか」

「ん」

 この公園は、俺と彼女の家のちょうど中間にある。

 つまり、この公園が、俺たちの別れ道だった。

「じゃ、またな」

「ばいばい。また五年後くらいに」

 それだけ交わすと、俺たちは背を向けあって歩き出した。

 五年後。それだけの時間で、俺はどう変わってしまうのだろう。彼女はどう変わっていくのだろう。また今日みたいな日が、訪れるのだろうか。

 はらり、と目の前で、白い粒が揺れる。

 アスファルトには、雪が積もりはじめていた。

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