第86話 「緑山葉はひたすら特訓して速くなりたい①」
9月14日 晴れ
今日は学校で学級会がありました。
議題は運動会の選手を決めるという内容でした。
そして何故か僕がリレーのアンカーに決められました。
「はい、そういうことで、男子リレーの選手は
……
…………
――なんで?
黒板に書かれた僕の名前、緑山葉。僕はただ前を向いて呆然と見つめていた。
「あの、これって何かの間違いじゃ……」
「ん? 間違いじゃないよ?」
「多数決で決まったことだし、今更文句言うなよな」
「緑山くん、頑張って!」
「絶対白組に勝とうぜ!」
なんか皆が意気揚々となっていますけど……
僕、そんなに脚は早くないですよ。全くといっていいほど自信ありません。なんならクラスでは下から数えたほうが早いくらいです。
何故、そんな僕が選ばれたのかというと……
「緑山くんおめでとおおおおおおおおおおおッ! やっぱり私が見込んだだけのことがあるね! 運動会での活躍、楽しみにしているね!」
「あの……根元さん」
呆れを通り越して、僕は涙が出そうになってきた。
そうです。自称僕の彼女、根元さんが勝手に推薦したんです。
「そんな不安そうな顔しないの! きっと大丈夫だから! 自信持って!」
「……なんで推薦したの?」
「ん? 緑山くんがカッコよく走り抜けるところを見たかったから」
――ほら。
根拠がないじゃないか。
「でも、緑山くんって脚が速いイメージないよね」
別の女子が声を掛けてきた。
もっと言っちゃってよ。僕のプライドとかどうでもいいから、いっそ思いっきり反発してくれたほうがすがすがしいよ。誰でも良いから反対して!
「ん? でも見てみたいじゃん。普段犬も殺さないような心優しい男の子が全力疾走する姿!」
「あぁ、確かに!」
――確かにって何!?
あと犬も殺さないようなって、普通はしませんから! 殺したら動物虐待だから!
「緑山くんって如何にも草食系が食べそうな草系男子って感じだもんね。そういう彼が活躍する姿見てみたい!」
――だから何で?
草食系が食べそうな草って、それ食物連鎖的に低くない? いや、植物をディスっているワケじゃないけどさ、皆の中で僕のイメージどうなっているの!?
「それに緑山くんって、おうちが極道じゃん。黒い服の人が一杯いるじゃん。なんとなく鬼ごっことかも得意そうじゃん」
「確かに、タッチしてアウトーとかやってそう!」
何のテレビ番組見たの!?
確かにうちは極道だけどさ、そういう黒服の人はいないからね!
「はいはい、静かに」先生が手を叩いて僕たちを宥めてきた。「多数決で決まったこととはいえ、緑山くんが不本意なら無理にやらせることはないからね」
――先生。
僕の味方は貴方だけです。一生ついていきます。
僕は溜息を吐いて、きちんと断ろうと心に誓い、手を挙げた。
「あの、非常に申し訳ないんですが……」
と僕が言いかけた途端――
何やら横から、キラキラとした物が僕に降りかかってきた。比喩表現でそうとしか言えないけど、本当にキラキラしたとしか言えないんだ、生憎。
で、それが何かというと……
「緑山くん、期待している。頑張って! 私応援している! 絶対ぶっちぎりで優勝してね!」
口でそう言っているわけじゃないけど、僕に向けて目からキラキラした視線の何かを送り届けてくる根元さんの姿がそこにあった。
……
…………
「……頑張ります」
「あら、そう。それじゃあ、リレーは貴方たちにお願いするわね」
――あぁ、もう!
僕のバカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
断り切れずに、僕は心の中で後悔と号泣をただひたすら繰り返していた。
9月4日 晴れ
この日の夜、突然ダチョウ型の闇乙女族が現れました。
「こっちの方向にくるぞ」
「よっしゃ! だったらとっとと片付けるに限るぜ!」
「みんな、いくよ!」
「オトメリッサチャージ、レディーゴーッ!」
強い掛け声と共に、それぞれのブレスレットから淡い光が溢れ出していった。
そして、身体がどんどん柔らかく、胸もそれぞれに合った大きさに形成させていった。
爪くんは黄色い光が消えると、上下に分かれたセパレート状の衣装を纏ったツインテール少女に――。
海さんは青い光が消えると、白と水色のスカートが付いたレオタード状の衣装を纏ったサイドテールの少女に――。
葉くんは緑色の光が消えると、緑色のチューブトップ状の衣装にストールを羽織ったポニーテールの少女に――。
黒塚先生は黒い光が消えると、黒いチャイナドレス状の服を着たショートヘアの少女に――。
そして、僕はピンクの光が消えると、白とピンクのセーラー服状の衣装を着たロングヘアの少女に――。
それぞれ変身していった。
「未来への翼、オトメリッサ・ウィング!」
「悪を切り裂く爪、オトメリッサ・クロー!」
「溢れる知識の海、オトメリッサ・マリン!」
「癒しの草花、オトメリッサ・リーフ!」
「力の甲虫、オトメリッサ・インセクト!」
「魔法少女、オトメリッサ! 参上!」
夜の暗い道に、突如として沸き立つ砂煙。風は吹いていないけど、ドドドドというもの凄い轟音が響き渡っている。そして、そいつは素早い動きでこちらの方向へやって来た。
「私の名はオーストリッチアクジョつまり私はダチョウです時速七十キロで走ることができます五キロ先の物を見る世界一視力の良い動物ですが何故私が走っているのか自分でも全く分かりませんそもそも私は闇乙女族であるはずなのに漢気を集めるにはどうすれば良いのか……」
そう早口でまくし立てて……
ダチョウ型の闇乙女族はあっちの方向へと走り去ってしまいました。
「行っちゃった……」
「何だったんだ、アイツは?」
「黄金井、追いかけられないのか?」
「あれは俺でも無理だっての!」
僕たちは闇乙女族の姿をそのまま見送って、変身を解除した。
「今のところ漢気を抜かれたという情報は入ってきてないメ」
「まぁ、騒音被害はありそうだけどね」
僕たちのやる気は一気に無くなっていった。
「どうしますか、アイツ?」
「どうしようかしらね? 今のところは放っておいていいんじゃない?」
「だな。とっとと帰ろうぜ」
皆が踵を返すのを見て、僕はふと思うところがあった。
――あの闇乙女族を倒すことができれば。
「ねぇ、影子さん」
「ん? どうしたの、葉くん」
「もしあの闇乙女族を倒すことができたら、そのデータでルージュを作ることは出来るんですよね?」
「そりゃまぁ、できるでしょうけど……」
――もし、アイツを倒せたら。
いや、倒してみせる。
「そういやお前、運動会のリレーに選ばれたとか言ってたな」
いじるように、爪さんが僕に言ってきた。
「ええ、しかもアンカーですよ。よりにもよって……」
「はっはっは! そりゃ大役だな!」
「そういうのは断るものだぞ」
「……断ろうとしたんですけどね」
今日の学級会の出来事を思い出すだけで溜息が出てくる。
「もしかしてルージュを使って勝とうとしている? あのね、ルージュをそんな風に使うもんじゃないの。大体、あの闇乙女族は見たところ鳥タイプだからね、使用できるのはウイングに限られるわよ」
「いえ、そうじゃないんです」
「……ん?」
――そうだ。
僕は絶対、あの闇乙女族を倒さなきゃならないんだ。
そのためにも……
「あの、皆さんにお願いがあるんですけど」
「ん? なんだ?」
僕は意を決して、皆の目を見た。
いい機会かも知れない。
僕の一番の弱点を、なんとしてでも克服してみせる。
「僕、早く走れるようになりたいんです。だから、僕を……特訓してくださいッッッッッッッ‼」
僕は決めました。
こうなったら、とことん特訓して、素早さを身につけてやろう、と。
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