第85話 「黒塚兜は生徒指導に容赦しない⑤」

「ウガアアアアアアアアアアッ!」

「ぐっ!」

 かろうじて襲い掛かってきたギャルの一人を避ける。このままじゃジリ貧だ。一斉に襲い掛かってきたら確実に負ける。敢えてそうしないのは、おそらく俺たちをまだ遊んでいるからだろう。

「ガアアアアアアアアアアアッ!」

 ――っと!

 別のギャルが俺の肩を抑えつけて押し倒してきた。

「クソッ!」

 俺に襲いかかってきたギャル……。

 それは、山田だった。

「がああああああああああああああッ!」

「山田! 俺だ! 目を覚ませッ!」

 当然だが、呼びかけても反応はない。牙を剝き出しにして目を血走らせている。

「あーっはっはっはっは! そのまま噛みついちゃえ!」

「ぐおおおおおおおおおおおおおおッ! 漢気、大解放ッ!」

 力でなんとか押し通して、山田を跳ねのけた。だが、山田は怯むこともなく俺の方を睨みつける。

「山田ッ! おい、山田ッ!」

「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 こうなったら。

 力づくでも、コイツを正気に戻してやらないと……。

 俺は意を決して、拳を振り上げて――。


 ……。


 いや。

『お前、なんでこんなことしちまったんだよッ!』

『アンタには関係ないでしょ!』

『この、この、この、大馬鹿野郎がアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 ――ダメだ。

 ここで手を挙げたら、俺は。

 またあのときと同じ事をしてしまう。

 初めて人を殴った、あのときと同じ。


 俺は、本当に大切な人を殴りたくないから、強くなったはずなのに。

「インセクト! 何を呆けているのよ!」


 ――ハッ!

 イカンイカン、今は集中しないと!

 突然の灰神の声に気が付いて、俺は自分の頬を叩いた。

「はっはっは! そうだな、俺としたことが。で、お前は何故そこに隠れているんだ?」

 灰神はいつの間にか地震の避難訓練のようにテーブルの真下に隠れていた。他に安全な場所は思いつかなかったのか?

「いいでしょ! それよりもこれをなんとかしないと……」

「なんとか、したいけどなぁ!」

 次から次へと襲ってくるギャルたちを躱しながら影子と話をする。

「そうね……。彼女らがこんな凶暴になったカラクリがどこかにあるはず……。狼、だから……、狼、狼男……、丸……丸いもの……」

 そこまで言いかけて、灰神ははっと目を見開いた。

「どうした⁉」

「ミラーボールよ! あれを壊せばきっと!」

「ミラーボール? あのクルクル回っているやつか?」

「そうよ! 早く壊して!」

「試してみるしかないか!」レジェンドが銃を構えて、「漢気、創造ッ!」

 白い香水を銃にセットしたレジェンドは、銃口をミラーボールに向けて引き金を引いた。

 霧散した白い液体が、一つの形に形成していく。ヒヒン、と嘶いたかと思うと、一体の羽の生えた馬が突如出現し、そのまま鋭い角を突き出してミラーボールに体当たりしていった。

「ちょ、マジでやめ……」

 ウルフアクジョが狼狽(狼だけにな)する間もなく、ミラーボールにピキ、ピキ、とヒビが入る。何度もペガサスが体当たりしていき、遂には――、


 パキン!

 と勢いよく破裂した。

「あ、があああああああああああああッ!」

「きゃあああああああああああああああああッ!」

 先ほどまで正気を失っていたギャルたちが、全身の力が抜けたかのように一斉に地面に倒れ込む。どうやら気絶しただけのようで、少し気持ちがほっとしてしまう。

「がああああああああああああああああああああああああああああッ! マジッ、マジッ、マジサイアクウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!」

「あとはどうやらお前だけのようだな!」

「やっぱアンタは超、超、超々々! チョベリバなセンコーじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんッ!」

 ウルフアクジョの全身の毛が逆立つ。目も光り、耳も生え、口元も前方に大きく広がり、完全に獣のような姿へと変貌を遂げてしまう。

 頭数が減ったとはいえ、今度はアレを相手にするのか。厄介そうだな。


 と、思った矢先、

「漢気、大解放ッ!」


 ――この声は!

「みんな! お待たせ!」

「チクショウ、やっと来れたぜ!」

 ようやく、ウイングとクローが現れた。

 クローが漢気を大解放してくれたおかげで、俺の全身がなんだか軽くなったような気がする。これなら奴のスピードにもついていけそうだ。

「お前ら……。助かったぞ!」

「次から次へと……、チョーウザイんですけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ! マジサイアクウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」

「うっせぇなコイツ! この毛むくじゃらをとっとと倒せばいいのか!?」

「いいや!」俺は思いっきり拳に力を込めた。「後は、俺に任せろ!」


 ――ここは俺が決めてやる。

 コイツに容赦などしてやるものか。

 教師として、魔法少女として、男として――。

「漢気、大解放ッ!」

 俺は、この拳に全身全霊を込めてやる!

「ウガアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「この、この……」黒いGODMSの粒が、俺の拳を包み込み、「この、バカチンがあああああああああああああああああああああああああああああああッ! オトメリッサ・甲虫乱岩拳!」

 俺の重い拳を、思いっきりウルフアクジョの顔、腹、顎と何発も、何発も――。一気に叩き込んでやった。

「が、あああああああああああああ! マジ、さいあ、く……」

 ウルフアクジョは息も絶え絶えになっていき――、

 そのまま、黒い光となって浄化されていった。

「ふぅ……、完了、だな」

 俺が額の汗を拭い、ようやく腰を下ろす。


 パチパチパチ――。

「やるじゃないかい。戦いの一部始終、見せてもらったよ」

 どこからともなく、拍手と聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「誰だ!?」

「ここだよ」

 クラブのカウンター奥から、一人の女性が顔を出した。


 あれは……。

「アンタ、ジムにいた……」

 黒いタンクトップ。尖った赤い髪。先ほどジムにいた、豪快そうな女だ。

「まさかアンタがオトメリッサだったなんてねぇ。そんな可愛らしい見た目になったのに、すっごく強いじゃないか。面白い」

「なんだなんだ!?」

「先生、お知り合いですか?」

 ここに現れるということは、なんとなく予想はつきそうなものだがな。

「自己紹介しておこうかね。アタイはオニキラ。ま、もう分かったと思うけど闇乙女族の幹部だよ!」

「なっ……」

 やはりそうだったか! さっきは気さくな女程度にしか思わなかったが、よもや闇乙女族だったとはな。

「戦いの一部始終見させてもらったよ。見た目がちっこくなったから拍子抜けしたかと思ったけど、なかなかやるじゃないか、アンタ。アタイの部下をこうもあっさりと倒してくれるとはね」

「ほう、だったらどうする? 部下の敵討ちでもするかい?」

「そうしたいのは山々だけど、戦いを終えたばっかのアンタとやり合う気はないよ。今日はご挨拶だけだ」オニキラはふっと笑い、「ついでに教えてやるよ。アタイはねぇ、強い男が大好きなんだ。そして、強い男が発する漢気を吸い取るのが何より好きなんだよ」

 ――なっ?

「へぇ。これまた随分なご趣味じゃない?」

「ただねぇ、イマドキの男どもはあまりにも軟弱すぎてねぇ。満足する漢気が得られないんだよ。だから、男のうちに奴らを鍛えなおして、そして強くなったところを一気に漢気を抜く。そして、抜かれた男は腑抜けになってアタイの虜になっちまうってわけさ。こんな風にね」

「あ~ん、オニキラ様ぁ、ステキですぅ」

 あれは、さっき入口にいた女?

 顔を赤くしながら、甘ったるい猫撫で声でオニキラに擦り寄るギャル。どうやら、彼女も元は男だったようだな。あの様子じゃ最早完全に骨抜きにされてしまったみたいだが。

「そんじゃ、そろそろアタイは退散しようかねぇ。オトメリッサども、いつかアンタらと戦う日を楽しみにしているよ。それまでせいぜいもっと鍛えな」

 ――なるほどな。

 次から次へと幹部クラスが現れやがって。

「あぁ、受けて立ってやるよ! 覚悟しやがれ!」

 俺は拳を突き出して、強く笑ってやった。

「ははは、くれぐれも他の連中にやられんじゃないよ! そんじゃ!」

「待ってくださぁい、オニキラ様ぁ」

 オニキラはそのまますっと消えてしまった。すっかりメロメロになったギャルと共に……。

「チッ、また幹部クラスのご登場かよ」

「あはは、何人いるんだろうね?」

「何人だろうとオレたちで倒すまでだ。問題はない」

「そうね。恐らくはあれで幹部は全員……、であって欲しいわね」

 皆、思うところは色々あるのだろう。

 それよりも――、

「そうだ、山田!」

 俺は変身を解除して、山田が倒れているところに駆け寄っていった。

「ん、んん……」

 山田の胸がでかい。髪も伸びたままだ。

 残念ながら男には戻れなかった、か――。

「気が付いたか?」

「せ、先生?」

「良かった……。まぁ、女になってしまっているが」

「えっ……? 嘘……。あれ、夢じゃ……」

 山田は慌てて胸や髪の毛を触って自分を確認する。そりゃそうなるよな。

「おい、山田!」

「山田くん! 大丈夫なの!?」

「大丈夫……、かな? なんか、もう訳が分からないや……」

 無理もない。突然女の姿になってしまったのだから。

 店内で倒れている客たちを見ても、男に戻れたのはほんの五人程度だ。あのオニキラとかいう奴、漢気を奪う力が他の連中よりも強いみたいだな。

「ねぇ、山田くん。さっきは偉そうにあんなことを言ってしまってごめんなさい。でも、これからどうするの? そんな姿になってしまって……」

「どうする、か……、な……」

「はっはっは! 心配するな!」俺は強く笑って、「どんな姿になっても、お前は俺の生徒だ! イメチェンしたかったんだろ? 変わろうが変わるまいが、お前はお前の思うように進め! そんで……、迷ったら俺に相談しろ。俺が頼りなければ、灰神先生でも、黄金井でも、桃瀬でも、白龍でも、君澤でも、私部でも、誰でもいいから、頼りにしろ」

「ちょっと、先生……。それは空気が読めなさすぎじゃ……」

「いえ……」山田はにっこりと笑い、「そうします! なんだか自分を見失っていた気がして……。ちょっとでも変われたらなと思ってオフ会に参加したら結局こんな姿になってしまって。俺、いや、私……。女の姿を受け入れます」

「お前、切り替え早いな!」

「まぁまぁ。でも、山田くんがそういう選択をするなら、僕たちも全力でサポートするよ。ギャルっぽい見た目になっちゃったし、もしかしたら私部さんや君澤さんたちが力になってくれるかも」

「ま、学校への報告と書類の変更は俺がやっておくからな」

「ありがとう、ございます……。皆さん」

「とにかく、今日はもう遅い。お前ら、早く帰るぞ! 親御さんへの説明もしなきゃならんからな、山田は俺が家まで送っていく」

「はい、よろしくお願いします!」


 ――まったく。

 生徒ってのは、どうしてこう、面白いものなのだろうか。

「いいの? また仕事が増えるわよ」

 灰神がこっそりと俺にだけ話しかけてきた。

「なぁに、岡田のときもやったからな! はっはっは!」

「そう? だったらあなたに任せるけど……」灰神は溜息を吐きながら、「なぁんか、昔の知り合いを思い出しちゃった」

「昔の知り合い?」

「そっ。泣き虫で、お人よしで、それでも誰より強くなろうと必死で……。私が道を踏み外しそうになったときに、凄く怒ってくれて……」

 ――ん?

「そんな奴がいたのか?」

「まぁね。そんで、そいつが唯一殴ったのが私。でも、恨んではいないわよ。おかげさまで今の私がいるんだけど」


 ……。

「えっ?」

「昔話をしていても仕方ないわ。早く帰りましょう」

「あ、あぁ……」


 そういえば――。

 灰神って、どことなく似ている気がするのだが。

 昔の俺を助けてくれた――、


 あの、幼馴染に。


 ……。


 まさか、な――。

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