014:負けられぬ闘い - 後編 -

 彼は見ていた。

 目の前の敵が、青い光に包まれる様を。


 彼は気付いた。

 その青い光というのが、自分の内側を巡っているものと同質であるということに。


 だから、真似をした。

 力を巡らせて膨らませる。


 仲間を守れなかった不甲斐なさと、その仇を取るという悲壮な決意を持って、彼は後先考えずにその力を高め続けた。


 そして――



     ♪



 ボン!


 という音が聞こえたのは、錯覚だろうか。

 だが、そんな錯覚を覚えても不思議ではない現象が目の前で起きた。


「大きくなった……?」


 サイズとしては、二周りほどだが、間違いなく大きくなった。

 しかも、ユズリハの青い光と同じように金色の光を纏っている。


「に、人間と同じ術を使うのかッ!?」

「もしかして、あの嬢ちゃんの真似をしたんじゃ……?」


 野次馬たちも流石に、何かヤバイと感じ始め出したようだ。


 だが、パニックが起こるよりも先に、冷静さを保っていた人たちが、即座に指示を出していく。


「全員、死にたくなければ嬢ちゃんとスタッガーから離れろッ!」

綿毛人フラウマーッ、傭兵ッ、何でも屋ッ、守護隊ッ、警邏隊ッ! あのスタッガーを上級討伐対象扱いとして、非戦闘員の避難誘導だッ!!」


 戦い馴れている者、命の危機を乗り越えてきた者――そういう人たちの行動と対応は早い。

 ユズリハは安心して、あのスタッガーに専念できる。


 お互いに睨み合うかのように動きを止めていたユズリハとスタッガー。

 だが、やがてスタッガーの方がゆっくりと動き始めた。


 金の光に包まれていたスタッガーだが、徐々にアゴへと光が集中していく。

 完全に黄金に染まりきったアゴを構えて、スタッガーはユズリハに向けて突撃する。


 ユズリハも真っ向から、逆手に持ったコダチをぶつけた。

 奇しくも先と同じような鍔迫り合いのようになる。


 だが、先ほどと違って、二人とも力場を纏ってのぶつかり合いの為、金属が擦れ合う音だけでなく、それに伴って火花のように光が飛び散り合う。


(思ってた以上に、強いッ!)


 押し込まれそうな状況下で、ユズリハは即座に新たな葉銘を告げる。


紫纏してん


 纏っていた光が、青から紫へと変化していく。

 ユズリハの葉術フィーユス纏衣てんいには、いくつかの段階がある。

 青が一番効果が低く、衣の色が赤に近づくにつれ効果は高まる。だが同時にその副作用とも言える反動も大きくなっていくのだ。


(……紫纏してんで互角……ッ!?)


 ダメ押しをするべきかどうかを逡巡する。

 その逡巡の間に、スタッガーの身体がさらに一回り大きくなった。


 ユズリハの纏衣てんいを見て真似ているのであれば、身体を大きくすればするほど反動が大きくなるはずだ。


(迷ってる暇は、ない……ッ!)


 どうやら、スタッガーは既に覚悟を決めていたらしい。


赤纏しゃくてん


 だが、ユズリハにとっても、負けられない理由がある。

 お世辞にも口に出せる理由とはいえないが、負けられない強い理由があるのだ。


 ゆっくりとコダチの刃が、スタッガーの身体へとめり込んでいく。


(行ける……ッ!)


 そのまま斬り抜けようとするが、さらにスタッガーの身体が大きくなり、不自然な角度で刃が食い込む形となってしまった。


 このままだと力を籠めづらい。


 スタッガーは、ユズリハの状況に気付いたのか、身体の角度を少し傾けていく。

 その動きに、ユズリハは顔をしかめた。

 右の手首への負担がひどい。今はまだ平気だが、長く続けていると、危険だろう。


 表情はわからないが、スタッガーが勝ち誇っているようにも見える。

 自然界なら、勝ち誇るに充分だったかもしれない。

 だが、人間界となるとそうはいかない。


 ビグン――と、スタッガーが身体を振るわせる。

 わざわざ柔らかい腹部を、左手側に向けてくれたのはありがたい。


 ましてや、身体を大きくしているので、的としても大きいのは助かる。

 今の角度なら、右手の補助に左手を添えながらでも、投針とうしんは飛ばせるのだ。

 もちろん、スタッガーがアゴを輝かせたように、ユズリハが投げた投針とうしんにも、纏衣てんいを付与した。


 腹部に投針とうしんが刺さったことに驚いたように身体を震わせるスタッガーに、ユズリハは告げる。


「悪いね。生まれたタイミングに、戦う相手。それから状況も含めて、最悪だったって、コトで」


 スタッガーの力が弱くなってきている。

 すかさずユズリハは右手を回し、強引に傾けられた角度を、強引に戻していく。

 ユズリハにとって、もっとも力を込めやすい状況へと戻したところで、さらに告る。


「負けられない戦いは、お互いさま――だから、怨まないでねッ!」


 そして、今度こそ――ユズリハの刃はスタッガーを真っ二つに両断するのだった。



     ♪



 敵わなかった。それが純然たる事実だ。


 襲いかかり、仕留め損ねれば敵対することとなる。

 敵対し、敵わなければ、襲った側は死ぬ。

 それは当たり前のことだ。


 そのことへの意識が薄れ、ただ闇雲に突撃してしまった。

 仲間のことがあったとはいえども、少しばかり迂闊すぎたかもしれない。


 身体を縦に両断された状態で、それでも絶命はせず、ギリギリに残ったらしい思考する時間に、彼は考える。

 とはいえ、何が原因かとか、何が悪かったのか――などと考えるのは、この僅かな猶予を無為にするだけだろう。


 少なくとも自分を断った人間は、自分と同じように負けたくないという強い意志があったのだ。

 勝敗を決する原因というのは、きっとそんなものなのだろう。


 仲間を殺された怒りは当然ある。怨みだって無いわけではない。


 だけどそれでも――

 身体を真っ二つにされた状態で思うことでもないのだが、悪い気分ではないと、そう感じる。


 故に彼は願う。

 怨みや怒りではなく、他の仲間の無事と安全を。


 願わくば、この身に宿った、他の仲間にはないチカラが、ほんの僅かでも仲間の手助けになって欲しいと。


 それが届いたのかは分からない。

 だが、不思議なことに、脱走に成功した仲間のうち、そのさらに半分ほどだろうか?

 彼らが一斉に街から飛び立っていった。


 その出来事に意味があるのかも分からない。

 自分達は夏を生きる存在だ。まだまだ凍えるようなこの時季に、生き延びれるかもどうかも分からない。


 それでも、せっかくの機会だから、夏しか知らない仲間達が夏以外の光景を楽しめるように――などと、考える。

 考えながら、彼の意識はそこでゆっくりと沈んでいく。


 スタッガーならざるチカラを得て、スタッガーである自分と仲間達を愛し続けた彼の命核ソフィルは、こうして幻蘭げんらんそのへと旅立っていった。



    ♪ 



「こっちが変質者とやりあってる時に、そっちは大変だったのねぇ」

「さすがに、疲れたよ……」

「どっちの疲労がマシなのかしらね」

「五十歩百歩だと思うよ」


 違いない、とユノは肩を竦めた。


「それにしても、ユズリハって、葉術フィーユスを使えたのね。

 東の最果てイーステン・ウェイ出身だっていうから、もしかしたら――とは思ってたけど」


 今度見せて――と、言うユノにユズリハはうなずきながらも、苦笑する。


「うん。でもできればしばらく待ってて。

 少しでも赤纏しゃくてんを使うと、全身筋肉痛みたいな状態が三日はは続くんだ……」

「話聞く限り、今回は三日じゃ済まないんじゃないの?」

「言わないで……」


 ぐったりと、ユズリハはうめく。

 本当にシンドそうである。

 人間側が切り札を切らないと倒せないスタッガーというのは、デタラメもよいところだ。


「ああ、そうだ。ユノは虫に詳しい人に手紙書くんだよね?

 私の書く手紙も一緒に良いかな?」

「スタッガーの寵愛種ちょうあいしゅの報告?」

「報告っていうか警告かな。ああいう甲虫が寵愛種になると、ちょっと危険すぎる気がするから」

「それは同感ね。必要だと思うわ」


 互いに嘆息しあって、花茶を啜る。

 疲れた様子でお茶を飲み交わす二人の間で、スープ皿に入れられた花茶を美味しそうに舐めているドラの姿に、ユノはふと思い浮かぶことがあった。


「ドラ、あんたも寵愛種だったりするの?」

「クァウ?」


 さぁ――と、ドラは首を傾げる。

 ユノとて期待通りの返答が来るとは思っていない。


「まぁ、寵愛種であろうとなかろうと、ドラちゃんはドラちゃんってコトでいいんじゃないの?」

「それもそうね。

 愚問だったわね。忘れてドラ」

「クゥァ」


 そうして、二人と一匹――それぞれの長い(?)一日は、ゆっくりと終わりへ向かっていくのだった。





「あ、そうだ。言いたくないなら良いんだけどさ、負けられない理由って何だったの?」

「いや、まぁその……大したコトじゃないんだけど……。

 いくら寵愛種だろうと、葉術が使えようとさ――もともとは人間を殺す力を持たないスタッガー昆虫に殺された人間第一号とか、不名誉すぎて嫌じゃない?」

「え? それだけ?」

「あと、焼きたての串肉が待ってたし」

「つくづくそれだけ?」

「…………そういうコトにしておいて」

「まぁ言いたくないなら、そういうコトにしておいてあげるわ」


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