002:畑違いの依頼


 花の都、カイム・アウルーラ。

 どこの国にも属さぬこの街は、世界のありとあらゆる花が集まる為にそう呼ばれている。

 あるいは、精霊の宿りやすい花――霊花エテルネルールの研究が盛んなことから、ありとあらゆる精霊が住まう街、とも。

 そして、他国の首都と比べれば決して大きくはない街でありながら、娯楽街、職人街、貴族街、市民街、貧民街、暗黒街と……おおよその要素を内包している為、世界の縮図などとも言われている。


 ここは――そんな、良くも悪くも有名な街だ。


「……なんで?」


 そんな有名な街の職人区から中央広場へと伸びるメインストリート。そこを、この街の有名人である少女が歩きながら呻いた。


 頑固で強面な大人の多いこの区画を歩くには、幼い見た目をしているし、やや場違いにも見える。

 だが、彼女はこの職人区に工房を構えている立派な区画関係者だ。


 そう思って彼女を見れば印象も変わる。

 栗色のショートヘアはよく見れば、髪の長さがバラバラで、仕事の邪魔になったらその時に適当に切り落としているようだ。


 服もダボつきの少ない黒い長袖シャツと、ポケットの多いホットパンツは、作業時に邪魔にならないように、作業しやすいようにというセレクトなのだろう。

 長袖シャツ同様に花術紋が刺繍されたニーソックスは、シャツ共々、作業中に肌を切ったりしないようにというものなのかもしれない。


 そうやって彼女――フルール・ユニック工房の二代目店主ユノ・ルージュを見れば、間違いなく職人街の住人であることが見て取れる。


「……なんで?」


 再び口から漏れる呻き声。

 その姿形から読みとれないのは、その機嫌の悪い理由くらいか。


 どこか猫を思わせる切れ長の大きな目と、赤い瞳をうろんげに歪めたまま、足を止めた。


「なんで?」


 自問自答したところで答えはでなさそうだ。

 とりあえず、悩みながらでも仕事はするべきだろう。


 ユノは脳裏に「なんで?」という疑問符を浮かべたまま、いつもの仕事に向かうことにした。



     ♪



 街の中心にあるリリサレナ広場。その広場の中心にある風乱プルース・多花のフロース・大時計オロロージョ

 それは正真正銘、この街の中心にある、この街のシンボルだ。


「うーん……いつ見ても素敵な子よねぇ……」


 しみじみと呟きながら、その大花時計を撫でる。


 それは、巨大な懐中時計と呼ぶのがしっくりくるような形状のオブジェだ。形状はともかく、その姿は様々な植物が絡まりあって出来たような見た目をしていた。


 街が出来た頃からあるというこの大花時計だが、動き始めたのは最近だ。フルール・ユニック工房の先代が長い時間を掛けて修理したと言われている。

 この大時計、どういう仕掛けか、夜になると、数字部分にあしらわれた大輪の花が輝く。その為、夜になるとそれを見に来る人も多い。


「現存し、今なお稼働している先史文明アルテ・ブルーメ時代の花導器フィオリオ……か」


 時計としての機能は先代が復活させた。

 以降のメンテナンスも先代がしていたが、先代没後は仕事を引き継いだユノがメンテナンスを続けている。


 だが、これが本当にただの時計なのか、時計以上の機能を有しているかどうかは、まだ分かっていなかった。


「解き明かしたくはあるけど、ね」


 それは先代から引き継ぎ、自分も追いかけている夢の一つだ。現在の花学力かがくりょくでは到底作り出すことの出来ない存在――そんな先史花導器アルテ・フィオリオの、本来の機能の解明。何とも甘美な響きである。


「ま、それはそれとして」


 本日は定期点検の日だ。

 これは、依頼人がカイム・アウルーラ行政局である。つまり、街のトップ組織からだ。半端な仕事はできない。


 もっとも、花導具を前にしてユノが半端な仕事などする気はないのだが。




「ふぅ……」


 大花時計の背面にあるメンテナンス用の窓に潜り込んでいたユノが、外にでてきて一息つく。

 一時間花一つ分ほど作業をしていたが、大きい花導器フィオリオなので、これでもまだ半分だ。


「よ。いつものコトだが大変そうだな」

「ああ、アレン」


 ちょうど外に出てきたタイミングで、知り合いから声を掛けられて、ユノはそちらへと顔を向けた。


「何か用?」

「特にない。ま、知り合いがいたから声かけてみた程度だよ」


 そこにいたのは、アレン・ジルベントという長身で甘めのマスクに皮肉げな笑みを浮かべた金髪の優男だ。

 身なりを整え、どこかの国の騎士団装備を着てみせれば、間違いなく物語に出てくるような、憧れの騎士様然とした容姿をしている。

 もっとも、それは見た目だけの話で、中身はわりとどこにでもいる下町出身の平民だ。


 今の服装だって、腕まくりをして七分袖にしている黒いシャツに、黒のズボン。綿毛人フラウマーに人気の丈夫なロングブーツといった姿。

 腰にいた、茨が巻き付いたようなデザインをした装飾過多な鞘と、そこに納まる黄薔薇の咲いた長剣がいささか不釣り合いである。


「あ、そ。

 でも丁度良かった。あたしはアンタに用があったのよ。時間ある?」


 ユノが訊ねると、アレンは眉を顰めながらうなずく。


「あるにはあるけど、何だ?」

「この子を見終わった後に話がしたいのよね」

「あいよ。あとどのくらい掛かりそうだ?」

花一つ分一時間くらい」

「そのくらいにまた来る。そっちが早めに終わったなら、この広場にいてくれ」


 昔なじみでもある彼の言葉にユノはうなずくと、すぐに点検作業を再開する。

 たった今、約束を取り付けておきながら、ユノの意識は完全に大花時計に向いていた。

 アレンに用があったのは事実だが、ユノにとってみれば大花時計のメンテナンスの方が優先順位が高いのである。




 そうして、ユノは自分が指定の時間までにキッチリと点検作業を終わらせて、アレンと合流した。


 そのまま大花時計の周囲に設置してあるベンチの一つに腰を掛け、ユノは「なんで?」と繰り返していた疑問を解決するべく、アレンに話を始める。


「……それで、流れで吹き飛ばしたのか? 客としてやってきたハニィロップの騎士様を?」

「うん」


 うなずくと、アレンはガリガリと乱暴に頭を掻いた。


「バカだろお前」

「仕方ないじゃないッ! ユズリハとトーマスのおっちゃんが喧嘩売ってくるんだものッ!」

「無関係な客を吹っ飛ばして、仕方ねぇもなにもあるかよ」


 やれやれと呆れながらアレンが訊ねる。


「……ったく。それで。その騎士様と何があったんだ?

 なんかあったから、大花時計を触った後だってのに不機嫌な顔してんだろ?」

「うん。その騎士がさ、手当してやってるとさ、息も絶え絶えに言うわけよ」

「なんて?」


 アレンに聞き返され、ユノは口を尖らせながら告げた。


「依頼をしたいって」

「引き受けたのか?」

「ボロボロな姿な上に必死で、あんまりにも切実そうだったからね」

「……本音は?」

「あたしのせいで死なれたら困る。せめて花導具フィオレの一つでもプレゼントしてくれるなら喜んで仕事受けてやってもよかったんだけど……まったく騎士のくせに軟弱よね」

「お前なぁ……」

「だって、割と威力押さえてたのに、動けなくなってるんだもん」


 ほっぺたを膨らませて、ぷいっとユノはそっぽを向いた。


 実際、からかってきた常連を黙らせる為に使った花術フーラだ――まぁそのわりには入り口をぶち抜いていることには目を伏せよう――。そこまで威力があったわけではないだろうが……。


「それに、カイム・アウルーラの人ならあの程度は平気じゃない。

 トーマスさんとかアレンとか、よく吹き飛ばしてるし、あたし」

「はぁ……」


 やれやれ――と、アレンは再び呆れたように嘆息して、ユノに訊ねる。


「それで? 騎士様はお前に何を依頼したんだ?」

「岩喰いトカゲの退治」


 ユノが応えると、先ほどのユノとそっくりの表情で、アレンが呻いた。


「なんで?」

「それをあたしも知りたいから、アンタを探してたのよ」

「俺だって分からねぇよ」

「それもそうよね……」


 翡翠色の双眸をすがめて、アレンは嘆息するユノを見つめる。

 ユノは花修理職人フルール・リペイアだ。


 確かに、花術師フルーラーとしても凄腕で、下手な宮廷花術師よりも腕が良いと言われている。魔獣退治もよほどの強敵でもなければお手のものだろう。

 実際、魔獣退治や盗賊退治で戦力が必要な状況などでは、手伝いを依頼される場合もある。


 だが、彼女の本業は花修理リペアなのだ。


 花導具フィオレ等のメンテナンスと、修理――そして、時折ではあるが作成をするのが主な仕事であり、ユノに依頼するということは、花学が関わる依頼でなければ、意味がない。


 そんな彼女に、魔獣退治の依頼など、本当に意味がわからない。

 ハニィロップ王国の思惑か何かがあるのだろうか――と、訝しむアレンだったが、情報が無さ過ぎて推察もなにもできそうになかった。


「……で、その騎士様はどうした?」

「職人街にある治療院のベッドに投げ込んできた」


 とてもシリアスに依頼を告げ、ユノがそれを了承するのを確認するなり、がくり――と意識を失ってしまったのである。

 あまりにも直前までの出来事との温度差が激しかった為、ユノもうまく反応できなかったのだ。


「なんで花修理のあたしが魔獣退治なんて――とは思うけど、うっかりとはいえ引き受けちゃった以上は、不義理するのもどうかと思うし……面倒だけど、ちょっと行ってくるわ」

「場所は?」

「街の北。ソルティス山の麓よ」

「ソルティス岩野がんやか」

「ええ」


 うなずくユノに、アレンはしばらく思案してから、告げた。


「よし、お前に付き合おう」

「報酬とか手伝い賃とか出せないわよ?」

「俺の好奇心でお前に付き合うんだ。出せとは言わねぇよ」

「ふぅん……ま、好きにして。戦力になるっていうなら、断る理由はないわ」

「おう。アテにしない程度に期待しとけ」


 アレンにはアレンの思惑があるのだろう――それを理解した上で、ユノは申し出を受け入れるのだった。


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