001:二代目と居候とお客さん


 いつも通りに時間が流れるある日のこと――




 チリンチリンと、入り口のドアにつけられた鈴が鳴る。


「いらっしゃいませー」


 幼い少女の元気な声と共に、柄にタンポポが咲いている包丁いじっていた二代目店主が顔を上げた。


「よう、ユズリハちゃん。今日も元気だね」

「だって二代目が愛想無いからッ、私が元気良く接客しなきゃ!」

「さすが共同経営者、気が利いてるじゃないか」


 快活にそう答えるユズリハと呼ばれた黒髪の少女に、お客さんはそう返しながら笑う。


「愛想無くて悪かったわね、もう。

 あと、そいつを共同経営者と認めた覚えはないッ!」


 そう答えるその仏頂面は、確かに接客しているとは思えない。


「ほらほら、二代目。すまーいるっ!」

「そうそうユズリハちゃんの言う通り、すまーいるっ!」

「あんたら、喧嘩売ってんの?」


 二代目と呼ばれる少女は、半眼で二人を睨む。それに二人はわざとらしく身を竦めてみせた。


「ところで二代目。出来てる?」


 そんな二代目の機嫌を伺いながら、お客さんは訊ねた。


「ええ。もちろん」


 それに頬を膨らませながらも、彼女はうなずく。

 カウンターの奥にある棚から二代目が持ってきたソレを受け取ったお客さんは、嬉しそうに笑った。


「おおッ、直ってるッ!」

「当たり前よ、誰が修理したと思ってんの?」


 二代目は自信たっぷりにそう笑う。それからカウンターに肘を付いて、彼を見遣る。


「ところで、それ武護花導具ハルモフィオレでしょ?」

「おう」


 ソレは特殊な鉱石に花術紋を施し、小さな向日葵をあしらったものだ。本来はさらに身につけるアクセサリとして加工されるものだが、これは装飾加工がされていない。


武護花導具ハルモフィオレを壊すって、どういう使い方してるのか知りたいわ」

「まぁポケットに入れてるからな、普段」

「貴重な未加工武花ハルモをずいぶんと雑な……」


 横で聞いているユズリハが苦笑している。

 その気持ちは、二代目も同じだ。 


「っていうか、基本的に潜在能力引き出して、運動能力等を高める為のこの導具を、何で野菜農家のおっちゃんが持ってるかってのも気になるわね」


 騎士や傭兵、トレジャーハンターや綿毛人旅人などにとっては必需品となっている。だが、基本街の外に出ない農家のおっちゃんが持つには、高価な品だ。


「畑耕す時に、こいつで身体能力を高めるのさッ!」


 自慢げに、おっちゃんは笑う。

 使い馴れると倍の速度で仕事が出来てラクなのだそうだ。


「……まぁうっかり落としたところに、クワで思い切り叩いたら調子悪くなったんだが」

「なるほど。あの傷はそれが原因なわけね」


 やれやれと二代目は肩を竦めた。


「気をつけてよね。当たり所悪かったら、それ直せなかったかもしれないから」


 二代目は腕を組み、真面目な顔でしっかりとそう告げる。


「おう。次からは気をつけるよ」


 お調子者のおっちゃんも、それをしっかりと聞き入れるてうなずく。

 それだけ、花導具に関する二代目の信頼は高い。


「しかし、さすがフルール・ユニック工房の二代目。良い仕事してるよ」

「そりゃどうも。師匠の腕と比べちゃうと、まだまだだけどね」


 おっちゃんの掛けなしの賞賛に、けれど二代目は素直に礼は言わなかった。

 二代目の中では先代の存在は非常に大きい。いつか越えたいと思っていると同時に、絶対越えられない気もしていて、非常に複雑なのだ。


「修理の腕はそうかもしれないけど、色んな導具作れる花導鍛冶フルール・スミスの腕もあるんだからトントンだろ」

「どうなのかしらね」


 本当にそれで、師と対等と言えるかどうか。


「二代目。お褒めの言葉は素直に受け取っていいと思うわよ?」

「そう言うけどねー……」


 ユズリハの言葉に、二代目は天を仰いだ。

 そんな二代目の様子に、ユズリハとおっちゃんは顔を見合わせる。


「二代目は頭もいいし……色んな栄養が脳に行ってるから、天才なのかもねぇ」

「逆に言うと、脳にしか栄養が行ってないとも言えるよね」


 何やら話が不穏な方向に伸びていく気がして、二代目は視線を二人に戻す。


「あのー……すみません……」


 不穏な会話の後ろから、そんな声が聞こえてきた。だが、二代目の意識は目の前の二人に向いている。つまり、聞こえちゃいない。


「だからかもしれないけどさぁ……」

「おう。ユズリハちゃんの言いたいコトは分かるぞ。

 十七歳って割に、体付きは残念なコトに……」


 うんうんと腕を組んでうなずくおっちゃん。

 二代目自身、同年代と比べると小柄なことは自覚しているし、食べても食べても身体が大きくならない。とはいえ、そこをコンプレックスには思っていない。思っていないのだが……。

 ――それをデリカシーのないお客さんに言われるとなると話は別である。


「ほほう」


 二代目はカウンターに飾ってあった赤バラの一輪挿しに手を伸ばす。


「孔雀の冠亭のカルーアちゃんなんて、十四の頃にはそりゃもう……」


 それが花導具として加工されていない生花であっても、その内側にマナを湛えてあるなら問題はない。

 花が内包しているマナと、自分の内側にあるマナを混ぜ合わせて、操作する。


「こう、ばいーんと……ぼいーんと……」


 二代目はその一輪挿しを真っ直ぐにおっちゃんに向けた。


「あのー……花導具に関して相談に来たのですけれど……聞いてますかー?」

「あ、そっちのお客さん。そこたぶん危ない」


 こっそりとおっちゃんの元から離れていたユズリハが警告する。

 しかし、時すでに遅し。


「え? 危ない?」

「出るトコ出てなくて……ッ!」

「……へ?」

「え?」


 そこでようやく、おっちゃんは事態を理解したのだが――


「色々小さくて、悪かったわねぇ……ッ!!」


 二代目は赤バラが内包していたマナを炎に変化させて、怒り任せに解き放つ。


「うわぁぁっぁ!!」

「きゃぁぁぁぁ!?」


 撃ち出された火球はおっちゃんとお客さんを飲み込み、入り口のドアを爆砕しながら、二人を彼方へと吹き飛ばした。


「はーっ……はーっ……」


 元入り口だった穴は、その縁からパラパラと音を立てて破片が落とす。


「あーあ、やっちゃった」


 横で他人事のように呟くユズリハ。その声を聞いて、二代目は冷静になった。


「……入り口の修理を頼みに行かないと……」

「それもそうだけど、トーマスおじさんからまだリペア代貰ってないわよ?」

「そのリペア費用に、入り口の修繕費、それから今しがた来たお客さんの医療費をプラスした請求書を自宅へ送っておくわ」

「わー、ぼったくりー」


 棒読みのようなその口調は、どうやら止める気はないらしい。


「倉庫に、使ってないカーテンあったよ」


 いつの間にやら用意周到にカーテンを手にしていたユズリハに二代目はうなずく。


「じゃあそれつかって応急処置お願い」

「わかった。ユノはどこか行くの?」

「吹っ飛ばした人のとこ。さすがに申し訳ないから行ってくる」


 本当は吹き飛ばした事実から目を背けたいようだが、さすがに相手が常連ではない。初めて来店したお客さんであっては、申し訳ないのだ。


「それじゃあ行ってくる。留守番、よろしく」


 テキパキと手当に行くの準備をしながら、二代目が告げる。


「おっけー」


 それに、ユズリハは元気良く返事をするのだった。

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