第70話 会食

 いつもより、少し遅い時間にメイドが声をかけてきた。

「シェリー様、そろそろ夕食の準備が整います」

「今行きます」

 イブニングドレスの中から、シェリーは濃いワイン色のドレスを選び、着替えた。


 シェリーが食堂に着くと、カルロスとグレイスがすでに席についていた。

「シリル様たちもそろそろいらっしゃるだろう」

「そうですね」

 少し待つと、シリル子爵とシンディー夫人、アシュトンがやってきた。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

「いえいえ。どうぞ、おかけください」


 ホワイト家の下僕がシンディー夫人、シリル子爵、アシュトンの椅子を引き、シンディーたちは順番に腰かけた。

「遠くからお越しいただきまして、ありがとうございます。食事がお口に合えば良いのですが」

 カルロスがシリルに言った。

「お心遣い、感謝いたします」

 シリルはそう言うとカルロス達に目礼をした。


 食前の祈りを捧げ、皆がグラスを手に持った。

「良き出会いを祝って。乾杯」

 カルロスの声に合わせて、グラスが掲げられる。


「ここまでの道は、荒れていませんでしたか?」

「大丈夫でした。快適な旅でした」

 カルロスとシリルが話していると、テーブルに次々と料理が運ばれてきた。


 肉の冷製スープの次に供された、野菜のテリーヌを見たアシュトンが目を輝かせている。

「アシュトン様、テリーヌがお気に召しましたか?」

 シェリーが微笑みながら問いかけると、アシュトンはハッとし、照れたような表情で返事をした。


「野菜で花の形を表現しているのが美しくて……まるで貴石細工のようだと思いまして」

「まあ、アシュトン様ったら。でも、確かに美しいですね」

 シェリーは野菜のテリーヌをもう一度見つめた。ゼリーの中でキラキラと輝く野菜はどれも色鮮やかだ。


 アシュトンが一口テリーヌを食べた。

「うん、さわやかで美味しいですね」

「良かった」

 

 前菜が終わると鴨のローストや魚のパイ包み焼きが運ばれてきた。

 みんなで食事をしながら、世間話をする。


 カルロスがシリルに言った。

「最近は隣国との関係も良く、国境警備も落ち着いていて助かります」

「辺境伯の仕事の大変さは想像もつきません。アシュトンが婿として働けると良いのですが」


「アシュトン様のうわさはこちらにも届いております。誠実なお方だと」

「誠実さは保証いたします」

 シリルが念を押すように、アシュトンを見た。アシュトンはシェリーをちらりと見てから、あいまいな笑みを浮かべて言った。

「至らないことばかりです」


「アシュトン様はお優しい方だと、シェリーの話を聞くたびに感じておりますわ」

 グレイスがシェリーを見た。

「ね、シェリー」

「ええ、アシュトン様はとてもお優しいですわ」

「そう言っていただけるのは嬉しいことです。臆病なだけかもしれませんが」

 アシュトンが困ったような顔で笑う。みんなもそれを見て笑った。


 カルロスはワインを一口飲んだ後、シリルたちに言った。

「それで、今後の予定ですが……。明日は婚約のための書類を書き、教会に届け出をしようと思っております。明後日はシリル様とアシュトン様がよろしければ狩りに行くのはいかがですか?」

 グレイスが口をはさんだ。


「あら、明後日の午前中は結婚式の衣装の採寸をする予定ではなかったかしら?」

「そうですわ。アシュトン様、ご都合は大丈夫ですか?」

「ええ。よろしくお願いいたします」

 メインディッシュが終わり、デザートが運ばれる。甘いワインの入った小さめのグラスがデザートの脇に置かれた。


「とても美味しい食事でした」

 シリルが言うとシンディーとアシュトンも頷いた。

「良かった」

 

 食事を終えると、カルロスはシリルに尋ねた。

「今日はもうお休みになられますか? それとも少しお酒を飲まれますか?」

「では、一杯だけ。アシュトンも一緒に?」


 アシュトンはシリルとカルロスを交互に見た。

「そうですね。アシュトン様もご一緒にいかがですか」

「ありがとうございます。ご一緒させていただきます」

「それでは今日は暖かいですし、気分を変えませんか? 中庭をご案内いたします」


 カルロスは甘いワインを片手に、中庭に進んで行った。

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