第66話 ドレス作り

 曇り空の朝、食事を終えるとグレイスがシェリーに言った。


「シェリー、今日の午後一番にドレス職人のバリーさんが来るわ。用意をしておいてね」

「はい、お母さま」

 シェリーは食後の紅茶を飲み終えると部屋に戻った。


「さあ、どんなドレスが良いかしら? お母さまは朝焼けのような赤色が私に似合うとおっしゃっていたけど。私はもう少し淡い色合いの方がいいような気もするし……」

 シェリーは衣装部屋に移動し、持っているドレスを見比べた。

「婚約の時に着るものだから……落ち着いたデザインが良いわ。そうね……シンプルで、でも品のある……」

 シェリーはシンプルな作りのドレスを二つ三つ並べて、新しく作るドレスのイメージを固めた。


 玄関の方がなにやらにぎやかなことにシェリーは気付いた。シェリーがドレスを元の場所に戻しているとメイドがシェリーを呼びに来た。

「シェリー様、ドレス職人がまいりました」

「今行きます」


 広間に行くと、グレイスが職人と話をしている。

「あら、シェリー、やっと来たのね」

「遅れて申し訳ありません」

 シェリーはドレス職人のバリーに会釈をした。


「シェリー様、おひさしぶりでございます」

 バリーは丁寧にお辞儀をした。

「バリーさん、よろしくお願いします」

 シェリーが挨拶を終え、部屋の中を見ると、バリーの連れてきた職人が布を山のように抱えているのに気づいた。


「ご婚約おめでとうございます。特別な日にぴったりあう、上質な生地を選りすぐってまいりました。こちらのテーブルに並べてもよろしいでしょうか?」

 バリーの言葉にグレイスが頷くと、職人は生地を次々と大広間の大きな机の上に並べていった。


「鮮やかな紅色が良いと私は思うのだけれど、シェリーはどうかしら?」

 グレイスは並んだ生地から目の覚めるようなつややかな赤色の生地を示した。

「私は、淡い色の方が良いような気がしますわ。薄紅色は可憐すぎるかしら?」


「それでは、こちらの生地などがよろしいかと」

 バリーはワインを薄めたような淡い赤色で染められた、しなやかな絹織りの生地をグレイスとシェリーの前に出した。


「綺麗ね」と、グレイスが言った。

「ええ、お母さま。私、この生地が気に入りました」

 シェリーの言葉にグレイスが頷くのを見て、バリーは微笑んだ。

「では、生地はこちらで。ドレスの形は、いかがいたしましょうか?」


 バリーの問いかけにシェリーが答えた。

「派手で豪華なものよりも、シンプルだけど美しいラインのドレスが良いと私は思うのですけれど、お母さまのお考えは?」

「シェリーの希望通りでよいと思いますよ」


 バリーはシェリーの希望をメモした。

「それでは、デザインのご希望を承りました」

 バリーは布をしまうように、連れてきた職人に命令し、グレイスとシェリーに言った。

「一週間後に、デザインのイメージを絵にしたものをいくつかお持ちいたします。それを見て頂いて、お作りするドレスを決めて頂ければと思います」

「お願いしますね」

 グレイスが言うと、シェリーも頷いた。


 バリーは遠慮がちに、シェリーとグレイスに尋ねた。

「結婚式のドレスのデザインも何パターンかお考えいたしましょうか?」

「そうね……もう結婚式のドレスも、デザインの方向性だけでも考えておいたほうが良いかもしれないわね。いくつかイメージを絵にしていただけるかしら? シェリーはどう思いますか?」

「お願いしたいと思います」

「かしこまりました」


 バリー達ドレス職人が帰ると、グレイスはシェリーに言った。

「結婚式のドレスをつくるには、半年かかることもあるから、あまり時間に余裕はないわね」

「大変ですわね」


 シェリーの目を見てグレイスが言った。

「そうですよ。婚約の手続きが終わったら、すぐに結婚式の準備を始めないと」

「……ええ」


 シェリーの返事を聞いてから忙しそうに広間をでていくグレイスの後姿を見て、シェリーは小さなため息をついた。

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