第65話 手紙

 食事が終わる頃、カルロスは言った。


「クラーク子爵夫妻とアシュトン殿の都合がよければ、婚約の日取りは四月の中頃にしようかと思う。グレイス、シェリー、それで問題はないかね?」

 グレイスが先に答えた。

「私はありませんわ。シェリーは?」

「私も問題ありません」


 カルロスは頷いた後に紅茶を飲み干し、口を開いた。

「それでは、さっそくクラーク子爵に手紙を書こう」

 カルロスはグレイスとシェリーに目で挨拶をしてから食堂を後にした。


 グレイスはナプキンで口を拭ってから、シェリーに言った。

「シェリー、婚約に間に合うようにドレスを仕立てなければいけないわね。出来るだけ早く仕立屋を呼んで採寸とドレスの生地選びをしてしまいましょう。何度か仮縫いをしないといけないし、時間がないわ」

「間に合うでしょうか? 職人さんを急がせるのは心配だし申し訳ないです……」

「そうね。……時間は多くはないけれど、出来るだけ丁寧に作ってもらわなければね」


 グレイスは執事を呼んで、ドレス職人の手配をなるべく早くするよう改めて頼んだ。それを見たシェリーは、冷めた紅茶を一口飲み、立ち上がった。

「お母様、私に今できることは、何かあるでしょうか?」

「そうね……。今はまだ、何もないのではないかしら」

 シェリーは目をつむってほほに手を当てて考えた。ふと、思いついた考えをグレイスに伝える。


「……アシュトン様にお手紙を書いても良いでしょうか?」

「あら、それは良いかもしれないわね。アシュトン様もシェリーに伝えたいことがあるかもしれないし」

 シェリーはグレイスと目を合わせて、にっこりと微笑んだ。

「それでは私、部屋で手紙を書きます」

 シェリーは急ぎ足で食堂を出て行った。


「まあ、手紙なら慌てることなんてないのに」

 グレイスはシェリーの後姿を見送って、優しく笑った。


 部屋に戻ったシェリーはお気に入りの便箋をとりだし、アシュトンへの手紙を書き始めた。

『アシュトン様、お元気ですか? 私は正式な婚約を前にして、ソワソワした気持ちでいっぱいです。楽しみなようでいて、理由もなく不安になるような気もしていて、心が落ち着きません。でも、アシュトン様の声や姿を思い出すと、胸が温かくなります。一日も早く、またお会いしたい気持ちになります。まだ婚約の日取りも決まっていないのに、こんな気持ちになるのなら、結婚式ではどうなってしまうのか、今から心配になります。アシュトン様は不安な気持ちや心配ごとはありませんか? 私にできることがあれば、教えてくださいませ。シェリーより』

 シェリーは素直な気持ちをしたためた手紙を読み返して、ため息をついた。

「私ったら……うかれているのですね」


 シェリーは苦笑した。内容のない手紙だし、気持ちの高ぶりがそのまま表れているし、書き直そうかと考えたものの、これはこれでアシュトンが読んだら面白がってくれるかもしれないと思い、シェリーはそのまま封筒に便箋を入れ封をした。


 シェリーはメイドを呼び、手紙をアシュトンに届けるよう頼んだ。


「アシュトン様、私の手紙をどんな顔で読むのかしら」

 とまどってから微笑むアシュトンの姿を想像して、シェリーは口元を抑えた。

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