君が悪役だってことを君しか知らないならそれは悪役じゃなくない?
ほんのり雪達磨
もうちょっと取り乱せよって思ったけど逆に冷静になる現象かもしれないよね
朧げだ。
意識がぼやけている。どうしてここにいるのかも、自分がどうなっているのかも、よくわからない。
脳みそがしっかりと機能していないことがわかる、くらいか。
『ケケ、どんな人間でもこんなもんよ、どれだけ強くったって、ガキっつうわかりやすい弱点を晒しちまえばなぁ!』
水を通したような、濁った音。
不快な音色。
音がだんだんとクリアになっていく。
ぼうっとする頭はなかなか戻ってきてくれない。
「こういう行為をさぁ、どうして物語の雑魚なんかがよくやると思う? そりゃあな! 雑魚でもうまくやりゃ効果的だって証明なのさ! 権力者様が金と場所まで用意してくれるったらもうなぁ? 失敗する方がおかしいってもんだろうがっ――てなぁっ!」
鈍い音。地面をする音、濁った響きの咳。
上でげらげらという品のない笑いの声が聞こえる。
体が揺れる。
感覚が戻り始める。
どうにも、締め付けられている。
縛られてもいる。
手がとても痛い。
というか全身痛い。
生ぬるい何かが伝っているのがわかる。
手だけではなく、頭も何か被っているのか垂れてくる。頭痛もする。
痛みのせいか、夢を見ているようかのようだ。そういえば、自分は先ほどまで何をしていたんだったか?
ご飯を食べようとしていたか?
大学の課題をこなしていたんだったか? そういえば、レポートの提出期限も迫っていた。
いや、違うな、確か、めんどくさくなって、ゲームの続きでもと思って長編RPGみたいなやつの二週目を――
「見ろ! 見ろ!!! 見ろオラ! この結果を見ろよオイ! てめぇが! てめぇが、クソみたいな正義感で奪った俺の数年、辛かった……辛かったぜぇ……それが、それが招いた結果だこれは。てめぇのせいだよ、てめぇの女が死ぬのも、ガキがこうして苦しい思いをしているのもだ。過程はどうあれ、こりゃ俺の意思で、俺が招き寄せた結果だ! 神様ってやつは、俺みたいに一本芯が入った奴が好きなんだよっ!」
「おいおい、手加減しなけりゃ、すぐ死んじまうぞ? まぁ俺はそのほうが早く終わっていいけどよ! ははは!」
うるさい。
先ほどからうるさい。
文句言うにしてもしっかり喋れと思う。言ってることがめちゃくちゃだし。すごい三下臭がするし。
「あぁーそうだな。そうだ。そうだよ。あんだけ理不尽な思いをしたんだ。もっと苦しめてやらねぇとな。なんだって、転がってた孤児殺したくらいで俺の時間を奪われなきゃいけないってんだよ、なぁ? 俺が通ろうとした道ふさいでたんだ、ゴミがありゃそりゃどけても不思議でもなんでもねーだろ?」
「枯れ花通りにいったのテメェって話じゃねぇか、そりゃあそこなら転がってる孤児くらいいるだろハハハハハ!」
「うるせぇ! うるせぇよ、俺がどこいこうが俺の勝手だろうがよ。俺に殺されたんだからむしろ礼くらい言えってんだよ、俺のストレス解消の役に立ったんだからよぉ! それをこいつはぁ!」
再び鈍い音。
そういえば呼吸がし辛い。口がふさがれているようだ。
一体どうなっているのか、いまだはっきりとしない頭で考えるが全くわからない。
とにかく、眠れそうもないので目を開くことにして――目の前の光景に衝撃を受ける。
視線が低すぎるのも驚きだが、まるで物語というか、現実味がないというか。
目に何かが入って痛みを訴える。
「はぁっ……あぁぁぁぁ……はぁ。体力も使わせやがる。ほんっとうにクソだなぁ! って、女の方もう死んでるかコレ? まぁ恨みがあるのはこっちの方だからおまけみてぇな感じだったけど……おお、いいぜぇ、良い目だ。思わぬ幸福だな、そんな目が見れるっつうのは。どうだ? どうだ! どうだよ今の気分は!」
「ゲッスだわぁお前」
「ハッ! 知らねぇよボケ。どこがだボケ。俺は十分慈悲深いだろうが……おい! おいてめぇ、聞けよよく聞けよ。てめぇがガキにかまわず俺らに攻撃してりゃ、まだ女とてめぇは生きる道があったかもしんねぇんだ! おい! なぁおい! てめぇは自分でそれを捨てたんだよ! 女ぁ殺したのはてめぇだ! チャンスを捨てちまったんだよてめぇはなぁ!」
「理論めっちゃくちゃだなぁおもしれーけど」
なんとかもう一度目を開ける。
映る映像は変わらない。
すでに死んでいるようで、目を開けたままピクリとも動かない、色々されたことがわかる様子で、傷だらけで倒れている女性。
腕を切り落とされ、傷口は焼いてでもいるのか火傷後のような状態でふさがれていて痛々しく、足はもうどうなっているかわからない状態で、地面に転がされ口も塞がれているようで喋れず、それでも強い視線でめちゃくちゃなことを喋っている奴を睨んでいる男性。
スプラッタで衝撃的な映像を生で見ているからか、ようやく意識がはっきりとしてきていた。
それでもなんでこんな状況に陥っているのかが全くわからない。
そもそも、流れからすれば、考えたくないが、どうしても、ガキというのはおそらく自分になるのでは? ここにいるのは見る限り、視界の範囲では大人しかいないわけで。
足元を見れば、それを証明するように、現実を見せるように、小さな小さな傷だらけになっている足が見えるわけで。というか全身痛い。目に入ったのは血だろうか。だらだら垂れている生ぬるいのも血だろうかコレ。つうか体ちっせぇな。何歳だこれ。この前見た親戚の三つくらいのガキより小さいぞ。結構血もだらだらだけど、よく死んでないなぁ。現実感ないのってこれのせいか? 現実感もどってこないどころか、なんかフィルムでも見てる気分になっちゃってるんだけど?
いつの間にか――子供になっていた! っていうか、子供になっていたと思ったらこれ放置されたら怪我とか出血で死んでそうというか。
意味が分からな過ぎて取り乱せないなんて、人生初の状況。
チキンな私なら取り乱すのが当たり前の光景なはずなのに。
「よぉし、よぉぉぉし。メインイベントだ。ガキ殺そう。もう死にかけだしなぁ? もう盾はいらんだろうし、効率的にいこうやぁ……動きたくても動けねぇだろぉ……もうてめぇはよぉ……見てろ、見てろや! そこでっ、じっっっくりとみてろぉ!? てめぇが……! てめぇが、アホな行動したからだ。だから失うんだ全部! 全部だ! 今からだ! てめぇが知らねぇガキにくだらねぇアホな正義感みせたせいでてめぇのガキが死ぬとこをアホ面かましながら見てろっ!」
アホアホいってるがアホっぽい喋り方してんのはてめぇだろとでも言ってやりたいが、口は塞がれている。
更なる命の危機らしいが、どうにもその辺は取り乱せてはいないが意識的には麻痺してしまっているのか、恐怖を覚えることもできない。
本来自分はそこそこのビビりだと自覚しているので、殺されかけで冷静ということなど通常の状態ならありえない。
頭の悪そうな顔と、だらしないと呼ぶしかない体形をした男が、こちらに下卑たしまりのない表情を向けてくる。
「残念だ、残念だったな、ガキィ! お前が悪いわけじゃねぇ……んー……いや、いやいや、いいやお前が悪い! こんな野郎のガキに生まれたてめぇの運が悪い! 命乞いするか? するか? 聞くだけはきいてやろうか? 優しいか? 俺優しいだろ? オラ泣き叫びの一つでもかましてみろぉ! 考えがちょーっとは変わるかもしれないぞぉぉぉ! 俺は心が優しいからなぁ!」
私をしゃがんで抱えるように持っていた男の方に指示を出したのだろう、口の拘束がとかれていくのがわかる。
わかるのだが、こいつは本当に阿呆なのではないだろうか。
考えたのだが、この体からして年齢は一歳か二歳程度だと思うのだ。長々と垂れ流した会話を理解できる歳だと思っているのだろうか。
そして感じたそれを吐き出す語彙があって、思うとおりに話せるとでも思っているのだろうか。
ねぇよ。ない。一般的な一歳二歳辺りは、そこまで流暢に喋れないのが珍しくもない。喋れるものもそりゃいるが、それでもわからない単語のほうが多いのが当然だ。まして命乞いなんて言葉どこで聞くんだよこの歳でって話で。
わからずに泣き叫ぶくらいが関の山だろう。しかも、こいつらがやったんだろう傷のせいでせっかく戻った意識が気を抜いたら体力的に死にそうというか落ちそうというか。気配で分かる。
まぁ、泣き叫びの一つさえ転がってる男――私というかこの体の父親に当たるのだろう人物に聞かせられりゃ満足なんだろう。それでその後はうるさがって殺すくらいがこの程度の人間の行動だろう。
耳ふさぐくらい叫んでやろうかと思った。夢っぽいし、そのくらいしてもいいのでは? と思った。
操作権が未だある感じじゃないけど、後押しすればそれくらいできそうな気がした。
――いや、短い言葉くらいなら吐き出せそう。
父親と思われる配置の男に大丈夫だからといって微笑みでもかけてやろうと思った。これが夢の出来事だとしても何か救われない人だと感じてしまったから。
だが、どちらもやめた。後者は下手にそれだけ言うとトラウマものにしかならないかな? と思ったのもある。
ただまっすぐ見て、これだけ。
ムカつくから、普段言えないようなこと言っちゃえ。
「ほーらぁ、はずしてあげましたよぉー? 最後の言葉をいってごらぁぁぁぁん!? 言えオラ!」
「……息、くっさいよ、口、ごみ箱なの?」
「は?」
まさかそんな罵倒が怪我で血を垂れ流しているガキから出てくるとは思わなかったのか、一瞬唖然とした。
唖然としている顔が面白くて、口が吊り上がるのがわかる。
消えそうな気配――おそらく、この本来の子供なのか、その気配が何か喋りたがっているような気がして、柄にも合わず力を貸す。なんとなく貸し方がわかったから、そうした。そうしたほうがいいと思った。さすがに。
「大丈夫、大丈夫だよお父さん。お母さん。僕は大丈夫だ。大丈夫だから、どうか僕のことで、最後まで悲しんでいかないで。僕は、どちらも恨んでないから。大好きだよ、ずっと大好きだよ。お父さん、お母さん……」
そんな言葉が次にするりと口からでていった。状況のわりにすらすらと。
もちろん、私が言おうと思ったのではない。気遣いでするりとそういう言葉が出るような人間ではないことくらいは自覚している。
後押しが成功した証だろう――喋ったのは、私ではない体の中にいた誰かだ。
まるでそれを言う為の体力を残していたいがために私が存在していたとでもいうように、急に存在感を示したかと思ったら、その言葉と共に存在感が消えていくのがわかる。
さすがに、私だって子供らしいようなものが目の前で消えていくのはなんというか、胸に来る。なんか泣きそうだ。
しかし、わかっても止めようがない。止め方がわからない――さすがに命を差し出せば留められるといわれてもそれはごめんだし。
これは、きっとこの体の本来の持ち主かと思われた。それは一歳二歳ででる類の言葉ではなかったかもしれない。それは私の頭から知識を持っていきでもしたのかもしれない。勝手に見るなよ使用権とるぞ! とはこの場では言うまい。
その答えを知ることはどうにもできそうにないわけで。だって、きっとその答えを知っている奴には二度と会えそうにない。するりと消えて今にも消えてしまっている。
言葉をかけられたほうは、とてもびっくりした顔をして、それから何か安心したかのように目を閉じた。安心できるような要素はないから、そう見たかっただけかもしれないが、そう見えたのだ。
あぁ、死んだのだな、と思った。
私が意味不明状態で目覚めて、まともな人間はこれでいなくなってしまったというわけだ。と、夢だと思いたい状況の中で、物悲しくなる。
「あぁ? あぁっ!? おい……おい! てめ」
きっと、今までの流れや、その性格から判断して文句を言おうとしたのだろう。
しかしそれは最後まで言い切ることができなかった。
そいつの、顎から上が無くなったからだ。
考える脳みそが切り離されちゃ喋れないよねー。おうのーって。私はチキンだが、こういうグロは大丈夫だ。だって攻撃してきた下種だし、どれだけ相手がグロくなろうが私は痛くない。
びしゃっと飛び散るかと思いきや途中で燃えはじめて消える。新設設計――というよりは、憎悪のようなものを覚える。
見れば、壁には氷が突き刺さっている。氷なのに、燃やした? 不思議だ。憑依経験みたいなこの状態自体がファンタジーだけど、更にわかりやすいファンタジー混じってきた。わくわくはしない。もっとわくわくできる状態で見たかった、なんて考えちゃうのは現実逃避がすぎるだろうか。
同時に後ろからのひやりとした後熱い風を感じたと思えば、抱えるようにいた支えがなくなり、すとんとしりもちをつく。バランスを崩したというのもあるが、自分の力だけで立っていられるだけの体力は残っていなかったらしい。
というか、いなくなったと確認できた途端、操作権がフルでこっちにきた気がする。え? 痛みとか吐き気とかすごい。すごーい! 一気にいろいろ来た! しんどいどいうことだよ死ね! どうせなら目が覚めてほしいんですけど。いらないです。いらないですこういう展開。本気で。
「すまない」
あぁ――らめっちゃだるくなってきた。よくわからんがいらんやつはくたばったみたいだし、横になるか。無理です。くたばったならどうしてそうなったとか、今はなんかどうでもいいや。
と思っていた時、体が持ち上げられ、なんか謝られ抱きしめられた。
意味はわからないが、その人はとても冷えていて、焦げ臭さと一緒にとても、とても濃い血のにおいがした。
火のにおいと、血のにおいと、体の冷たさと、繰り返す謝罪の声の子守歌。熱くて、冷たい人。
物騒だなぁ、こっわ、近寄らんとこ。
と暗闇に落ちながらそう思った。
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