仲良くなりたい



「そんなに沈んだ顔をしないでくださいよクロスさん。せっかくの旅路が台無しじゃないですか」



 役所でニニと合流した僕はウェインさんに先導されるがまま移動し――気がつけば電車に乗り込んでいた。


 最悪だ。


 まさか二度もこの狂気の箱に乗ることになるなんて……。



「ていうか、まだ動いてすらいないのになんで酔ってるんですか。それはさすがに気にし過ぎでしょう」



「もう条件反射みたいなもんなんだよ……」



 僕だって好きでこうしてるんじゃない。

 本当なら、みんなと仲睦まじく笑いながら楽しみたいのだ(別にそうでもないけど)。



「クロスさんがそこまで乗り物に弱いとは知らず、すみません」



 二対二で向かい合う四人掛けの席で、僕の隣に並んで座るウェインさんが、背中を優しく擦ってくれる。何だこの人、優し過ぎるだろ。



「そうやって甘やかさないであげてください、ウェインさん。彼にとって今は試練なんですから、千尋の谷に突き落とすくらいの気持ちで接してあげないとだめですよ」



「それは失礼しました。クロスさん、頑張ってください」



 僕に触れていた手の感触がなくなる……ニニ、覚えてろよ。



「……その、ウェインさん。ちょっと気になってたんですけれど、僕の呼び方変わってませんか?」



 気を紛らわすための雑談というのもあるが、普通に気になっていたことを質問する。先程市長室で会った時から何か違和感があったのだが、彼女が僕のことを下の名前で呼ぶようになっていたのだ。


 レーバンさんからクロスさんになった。



「馴れ馴れしかったでしょうか? でしたら改めますね」



「あ、いえ、全然そんなことは……どうしてなのかなって、少し疑問に思っただけで」



「特に深い意味があるわけでもないんですが、これから共に行動する以上、親密になるに越したことはないと思いまして」



 ウェインさんはハニカミながらそう言った。

 うん、やっぱり可愛い人だ。



「クロスさん、顔がきもいです」



「随分ストレートに罵倒してくれるな、ニニ。もっとオブラートに包め」



「にやけ顔が気に食わないのでやめてください」



「お前のオブラート既に溶けてるじゃねえか!」



 中身が駄々漏れだ。



「ウェインさんも、こんな男に優しくするもんじゃないですよ。隙を見ては私の胸をどう揉んでやろうか考えている変態なんですから」



「誰がお前の胸なんざ揉むか!」



「ああ、そう言えばあなたはお尻派の代表でしたね」



「男の二大派閥を代表する程尻に興味ねえよ!」



「でも、初めて会った時言ってたじゃないですか。『お前のケツは良い感じに引き締まってて触り心地が最高だな』って」



「まずそんな変態発言をしていないということが一点、そしてそのセリフを言うってことは尻を触ってるじゃねえか! 僕は仲間の尻を撫でて感想なんて言わない!」



「ふふっ」



 僕とニニがあわや掴み合いの喧嘩を始めそうなタイミングで(そんなことはしない)、ウェインさんが小さく笑った。



「お二人とも、本当に仲が良いんですね。羨ましい限りです」



「……今のやり取りを羨ましいと感じるのは、それはそれで問題があるのでは?」



「そうでしょうか? とても微笑ましかったと思いますよ」



 意外と下ネタに耐性があるらしい。


 まあ、彼女も年相応の経験を積んできたはずだし、僕たちみたいなガキの戯言には慣れているんだろう。


 ……そう言えば、ウェインさんの正確な年齢をまだ知らないな。僕やニニより年上なのは当然として、一体いくつなんだろう。


 レディに直接年齢を訊くのは憚られるので、遠回りして確かめることにしよう。



「ウェインさんって、カイさんより年下なんですか?」



「さあ、どっちだと思います?」



 素直に答えてくれなかった……意外と意地悪だ。


 まあ恐らく年下なんだろうけれど……カイさんは誰に対してもあんな感じだし、ウェインさんも常に敬語だし、確証はない。



「年下、ですかね」



「やっぱりそう見えますか? 実はここだけの話、カイさんより十個年上なんですよ」



「じゅ、十個も⁉」



 あの人が確か三一歳だから……四一⁉


 美魔女過ぎるっ!



「もちろん嘘ですよ。ふふっ」



 驚き慄いている僕を嘲笑うかのように、ウェインさんは可愛らしく微笑んだ。



「……ウェインさん、冗談も言うんですね」



「普段はあまり、得意ではないもので……ですが、お二人と仲良くなりたいので、砕けた方がいいかなと」



 僕を下の名前で読んだり冗談を言ったり、仲良くなりたいというのはきっと本心なのだろう。

 そう言われて、悪い気がするはずもない。



「できればエリザベスさんとも仲良くしたいのですが、どうやら私は嫌われているみたいですね」



「ああいや、こいつは人を気に入るまで時間が掛かるタイプなんですよ。カイさんとも、やっとこの前和解したばかりなので」



「カイさんと? でしたら、希望はあるかもしれませんね。私、彼女よりは良い人な自信があります」



 ニコッと微笑むウェインさんだったが……今のは、冗談なのだろうか?


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