作戦始動
元「
ソリアの周りに点在している弱小ギルドたちが正規ギルドの看板を下し、何やら不穏な動きをしているとの情報……恐らく、ラウドさんを真似て闇ギルドへの転身を図っているのだろう。
目先の甘い汁としては、闇で仕事をすれば正規の手続きを踏むより何倍も利益を得ることができるので、誘惑に負けた冒険者たちが違法行為に走り出したのだ。
そうした違法な手段への欲望はギルドの慣例や国の力によって抑えられていたが、ラウドさんという超大物が闇へ堕ちたことにより、そのたかが外れた形である。
今のところ、軍やそれに協力してくれるギルドが不穏分子を潰してくれているお陰で大事には至っていないが、このままではいずれ大きな波がエール王国を襲うことは間違いない。
その革命を防ぐには、一刻も早く。
ラウドさん率いる「破滅龍」を、打倒しなければならないのだ。
「失礼します」
この一週間、未踏ダンジョンの探索に出向くことも、書類仕事を捌くこともなかった僕は、実にやきもきした気持ちで毎日を送っていた。
僕とベスとニニの特別公務パーティーは、「破滅龍」掃討作戦の任務を与えられていない……今は役所中がその話題で持ちきりだというのに、何だか仲間外れにされた気分である。
だからこうして市長室に呼び出されたのは、ある種嬉しい側面もあった。
この部屋に呼ばれるのを喜ぶ日がくるとは、自分でも思っていなかったが。
「よく来てくれた、クロスくん。それにベスくん」
出迎えてくれたカイさんは、真剣な表情で僕と背中の杖に目線をやる。いつものようなおふざけモードでないところをみると、やはり今回の呼び出しは掃討作戦に関するものなのだろう。
「お久しぶりです、クロスさん」
遅れて、カイさんの隣に立つ人物――ウェインさんに気づく。
「お久しぶりです。最近はお疲れみたいですね」
彼女の活躍は聞き及んでいた……何でも、ソリア周辺の不穏分子のほとんどを片付けてくれたのが、ウェインさんだという。
さすがは三大ギルドのサブマスターだ。相手が弱小ギルドであるうちは、彼らが調子に乗る前に問答無用で捻じ伏せることができるらしい。
「ええ、まあ。これも仕事ですから。クロスさんはお変わりなさそうですね」
ウェインさんとしては何の気なしのセリフだろうが、実際僕はこの一週間何もしていなかったので、お変わりようがないのだった。
「そういった雑談は、この後ゆっくりしてもらうとしようか」
不意に、僕と彼女のやり取りを聞いていたカイさんが重めのトーンで止めに入る。
自然と、背筋が伸びた。
「クロスくん、君を呼んだのは他でもない……ラウドの居場所がわかった。君にはこれから、ウェインくんと共にそこへ向かってほしい」
いきなり本題に入った彼女は、重大な事項を口にする。
ラウドさんの元へ向かえというのは、つまりそこで「破滅龍」との決着をつけろということだ。
「ラウド以下ギルドのメンバーに関しての生死は問わない。無理に生け捕りにしろとも言わん、むしろ排除してくれて構わない」
「排除、ですか」
「ああ、すまないね。現場を任せる君たちにだけ責任を負わせるような物言いになってしまった……訂正しよう。奴らの生死は問わない。むしろ積極的に殺してくれ」
殺してくれと頼むカイさんは。
無表情に、瞳を閉じている。
「ただし、できればラウドには事情を聞きたい。あいつが闇ギルドを設立した背景には、どうも別の闇ギルドが関わっているようでね……まあ素直に口を割るとも思えないから、基本は殺してくれて構わないがね」
「……わかりました。善処します」
本当なら誰一人として殺したくなんかない。
けれど、ベスがシリーを殺した時に誓ったんだ。
他人の命を背負うために、他の何かを犠牲にすると。
だから、もし今回の作戦でベスやニニに危険が迫れば――僕は。
躊躇わず――人を殺す。
「では、すぐに出発してくれたまえ。道程に関してはウェインくんが詳しいから安心してついていきなさい」
「はい、お任せください。行きましょうか、クロスさん」
「あ、ちょっと待ってもらっていいですか? ニニの奴を呼ぶのに十分程かかるので」
「承知しました。でしたら、役所の入り口で待っていますね」
言って、ウェインさんは颯爽と僕の横を通り過ぎ、市長室の扉を開ける。
「……あの、一応確認なんですけど、目的地っていうのはどこなんでしょうか」
「王都ランダルです。正確には、その近くのダンジョンですね」
僕の問いに対し振り返ることなく、彼女は淡々と答えた。
王都ランダル。
この国の中枢であり、ウェインさんの属する「
幼馴染のシリーが、夢を見て旅立った場所でもあった。
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