掃討作戦 001



「おはようございます、クロスさん……」



 「竜の闘魂ドラゴンガッツ」ソリア支部が全壊した翌日。いつも通り未踏ダンジョン探索係の部署に出勤した僕のところに、いつも通りでない表情のニニが現れた。



「おはよう……どうした、やけに浮かない顔だな」



「そりゃまあ、自分の所属していたギルドがなくなったんですからブルーにもなりますよ。私、昨日から無職ですよ、無職」



「ああ、そっか」



 ギルドマスターであるラウドさんが抜けたことで、「竜の闘魂」は一時的に解散してしまったのだ。サブマスターのジンダイさんがいるから何とか復活はできるかもしれないが、諸々の手続きや事務処理、王国各地に散らばっているメンバーの統率など、課題は多い。



「そっかって、適当過ぎませんか。もっと私に対して興味を持ってください親身になってくださいお金ください」



「おい、どさくさに紛れて欲望がただ漏れになってるぞ」



「いいじゃないですかー。クロスさんお金持ちなんだしー」



「生憎、手持ちの現金はほとんどベスのための魔石にしちまったよ」



 喰魔のダンジョンでの負傷に加え、先日ラウドさんを退けるために消費した魔力……ここ数日、ベスの力に頼り過ぎてしまっていた。その罪滅ぼしというわけでもないが、僕は最低限の生活費以外を全てつぎ込んで魔石を購入したのである。



「またそうやってベスさんばっかり贔屓して……私だって仲間なんですから、もっと大事にしてくださいよ」



「いや、大事にはしてるよ。ニニは大切な仲間だ」



「だったら言葉ではなく誠意で見せてください」



「お前の場合、誠意が現金になってるだろうが」



 仲間に金をたかるな。



「特別公務パーティーの仕事はないんですか? どこかの未踏ダンジョンを探索する予定は」



「今のところないな。今は役所全体が『破滅龍カタスドラッヘ』対策に向けて動いているから、しばらく探索はできないと思う」



「それじゃ困りますよ! 私の食い扶持が完全になくなっちゃうじゃないですか!」



「その件についちゃ同情するけど、貯金くらいあるだろ?」



「あったらクロスさんに金をせびったりなんかしません。今日の食費すら危ういんです」



 思ったより切羽詰まっているようだが……にしても、なんでそこまで金欠なんだ? 別に金遣いが荒い方ではないだろうし。



「丁度昨日、引っ越し先の部屋を契約したばかりなんです……貯めていたお金はそこで吐き出しました」



「お前が文明社会に戻ってきてくれたのは嬉しいけど、素直に喜べないな……」



 これから新生活が始まるという矢先に収入源が断たれたなんて、不幸な奴である。僕に有り余る富があれば何とかしてやりたいが、しかし無い袖は振れないのだ。



「……そう言えば、和子はどうしたんだ? イノシシの友達がいたんだろ?」



「彼女との別れは辛いですが、私もそろそろベッドが恋しくなったので」



「友情、寝具に負けてるじゃねえか……」



 儚いものだ。


 まあ実際、いくら獣人だからといって自然の中に住むのが快適というわけでもないのだろう。観光都市オーグに行った際には森を開拓しろとまで言っていたし、存外都会が好きなのかもしれない。



「山で生活していたお陰でまとまった金額を貯められていたので、つい高めの物件を契約してしまいました……最悪の場合はクロスさん同様、雑草生活です」



「何が最悪なんだ」



 今日の朝食、雑草だったよ。


 しかしこれが馬鹿にできたものではなく、意外と美味しく頂けるのだ。


 舌が慣れただけかもしれない。



「食事は山で何とかできないのか? 魚獲ったり、木の実集めたり」



「私がそんなワイルドな狩猟を得意としているように見えますか?」



「見える見えないで言ったら、見えるだろ」



 頭の猫耳は飾りか。



「それじゃあ、山に住んでた時は何食べてたんだ?」



「普通に街で買った食品ですよ。たまに運よく獲れた山の幸も頂きましたが……イノシシとか」



「お前、残酷な奴だな!」



 イノシシは友達じゃなかったのか⁉


 和子だけが特別なのだろうか……いや、それはそれでサイコパス過ぎるだろ。



「とにかく、早急にこの事態を何とかしないと私の胃袋が危険なんです。ギルドが立ち直るまで雑草生活を続けるわけにはいきません」



「後半の意見には異を唱えたいが……それなら、しばらくの間は別のギルドに入ってればいいんじゃないか?」



「『竜の闘魂』には、行く宛もなく彷徨っていた私を拾ってくれた恩があります。他のギルドに浮気するような不義理を働くわけにはいきませんよ」



 ニニは笑ってそう言った。適当な言動が目立つ彼女だが、義理人情に厚い奴でもあるのだ。



「……わかったよ。カイさんに頼んで何とかしてもらおう。給料の前借でも手当の申請でも、何かしらやり方はあるだろうし」



「ありがとうございます、クロスさん……と言うか、よく考えるとすごいことですよね。一職員であるはずのあなたが、ソリアの市長と頻繁に連絡を取り合えるなんて」



「そうか? あんまり意識したことなかったけど」



「だって、魔法都市ソリアのトップですよ? この国を支える大都市のナンバーワンですよ? 生半可な人物では、直接話すことすら許されないような方なんですから」



 そう言われても、正直全然ピンとこない。


 あの人とは面接の時からの付き合いだし……まあ、敢えて理由を考えるとするなら、僕がベスとつるんでいるからに他ならないだろう。あいつに用があれば、必然的に僕を市長室に呼ぶことになる。



「案外、気に入られてたりするんですかね。クロスさん、年上キラーですし」



「僕のどこにそんな要素があるんだよ」



「付き合いのある女性の平均年齢、すごい高いじゃないですか」



「明らかに一人の所為だよな、それ」



 ベスさんの所為だよな。


 千五百歳なんだから。



「それは冗談ですけれど、でも、あなたの周りで年下なのって私くらいですよね?」



「……改めて言われると確かにそうだな。だからって、年上に強いって自覚もないけど」



 最近知り合ったウェインさんも年上だし……いやまあ、そもそもサンプルが少な過ぎるというだけかもしれないが。



「これはきっと、近いうちに私がボンキュッボンのナイスバディーな大人女子に変身するという伏線に違いないですよ!」



「なわけないだろ」


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