動き始めた時間 002
「あ、どうも……」
いきなりの邂逅に驚き固まってしまい、僕は随分不愛想な感じで挨拶をしてしまう。
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
対するウェインさんは、気さくで人当たりの良い笑顔を浮かべていた。さすがは揉め事解決の達人だ。
「おや、何だい。君たちは知り合いかい」
僕と彼女のやり取りを見たカイさんは、不思議そうに小首を傾げる。
「カイさんもお久しぶりです。レーバンさんとは、先日開かれたオーグでの魔導大会でお会いしまして……あなたの言っていた通り、素晴らしい冒険者でしたよ。見事優勝ですからね」
「何? 優勝? おいおいおいおい、クロスくん。そんな大事なことをどうして話してくれなかったんだね。『
「いやまあ、プライベートだったんで……」
「君の生活にプライベートなどほとんどない。あるのは風呂とトイレの中くらいだ。それ以外の出来事は逐一報告しなさい」
「そんな馬鹿な……」
凄まじいパワハラを繰り出してくるカイさんから目を逸らしつつ、僕は市長室から抜け出るタイミングを見計らう。
「
「何をソワソワしているんだ、君は。トイレかい」
「もしトイレだとしても、それはプライベートなので言いたくありませんね」
「ははっ、無理して我慢しなくてもいい。君は誰かに見られながら漏らすと興奮するんだろう?」
「僕にそんな性癖はない!」
やめろ、ウェインさんが汚物を見る目でこっちを見てるじゃないか!
「……コホン。できれば、レーバンさんにも聞いて頂きたい話なのですが、同席をお願いしてもよろしいでしょうか」
彼女は大きな咳払いをし、話題を変えた。さっきの戯言は水に流してくれただろうか、トイレだけに(座布団一枚)。
それにしても、僕にも聞いてほしい話か……地位と権力のある彼女たちの話し合いに混ざるのは気が引けるが、頼まれたなら断るわけにもいかない。
「えっと、僕なんかで良ければ、大丈夫です」
「ありがとうございます……それと、エリザベスさんは杖の中にいらっしゃるんでしょうか?」
「あ、いるにはいるんですけれど、結構深く眠ってるみたいで。命に関わることでなければ起こすなって言われてるんです」
喰魔のダンジョンを無事に脱出した僕らではあるが、自ら囮になったベスが消費した魔力は相当なものだったようだ。引きちぎった右腕を回復させるためにも、今はできるだけ静かに過ごしたいらしい。
「わかりました。であれば、すぐさま命に関わることではないので、エリザベスさんは起こして頂かなくて大丈夫です」
ウェインさんはそう言うと、ツカツカとカイさんの目の前まで歩いていった。
彼女の目が真剣なものへと切り替わり――緊張感が高まる。
「……それで、話というのは何だね。シリー・ハート女史の尻拭いで国中を奔走している君の、面白おかしい土産話を聞けるんじゃないかと期待していたんだが……どうやらそうでもないようだ」
「それはまた別の機会に。単刀直入にお話しすると、『
「『竜の闘魂』が? どういう意味だい」
「……どうやら、ギルドマスターのラウドさんが、闇ギルドに通じているようです」
ウェインさんの言葉を聞いて、カイさんの目の色が変わった。僕も辛うじて表情には出していないが、内心動揺を隠せない。
エール王国三大ギルドの一つに数えられる「竜の闘魂」のマスターが、闇ギルドと通じているなんて……にわかには信じがたい話だ。
けれど、僕らは似たような前例を知っている。
勇者だった僕の幼馴染――シリー・ハートが、闇ギルドに降ったのを知っている。
そして、思い出す。
シリーと最後に話した時、あいつは言っていた……あと数カ月で、この国は変わると。
正規ギルドなんていうくだらない集団は消えて、強者のみが生き残る世界になると。
そう――言っていた。
「……その情報は、君が独自で手に入れたものかね」
「はい。現状、うちと『魅惑の香』のマスターにしか伝えていません。国に話を通すには、あなたの力がいると思いましたので」
「……全く、次から次に面倒が舞い込む日だ」
カイさんは眉間を押さえながら、長い溜息を吐く。
「わかった。国と軍へは、私から話を付けよう……ただし、彼らを動かすには確実な証拠がいる。ラウドの馬鹿がどこの闇ギルドと通じ、何をしようとしているのか。それを確かめてくれ」
「もちろんです。その調査も兼ねて、ソリアまでやってきましたから」
言って。
ウェインさんは、僕の方へと振り返る。
「レーバンさん……少しお身体、借りてもいいでしょうか」
……。
はい?
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