魔導大会 004



「シリーがギルドを抜けて勇者の役職を辞した後始末をするため、私は各地を飛び回っているんです。この魔導大会にも、『魅惑の香スイートパルム』との親睦を深める意味で参加しています」



 ウェインさんは溜息交じりに言う。シリーのことでかなり気を揉んでいるのは、その態度で容易に察せられた。



「ですから、あなたが彼女の暴走を止めてくれたことにはとても感謝しているんですよ」



「僕は何もしていませんよ……あいつを止めたのは、ベスですから」



 話題に上がったエルフは、しかしウェインさんと口を利くつもりがないらしく、一向に会話に参加してこない。



「そうらしいですね、カイさんが感謝していましたよ。あの人があそこまで誰かを褒めるのは珍しかったです」



「仲、いいんですか? カイさんと」



「腐れ縁みたいなものですかね」



 言って、彼女は照れ隠しのように笑った。カイさんの交友関係は謎過ぎて知る由もなかったけれど、あの人が毛嫌いしているギルドのサブマスターと仲が良いとは意外である。



「長いこと直接会ってはいませんけれど……カイさんは、私たち正規ギルドのことを良く思っていませんから」



「……ですよね」



「近々そちらの役所に顔を出すことになっているのですが、今から戦々恐々です」



「それはまた、ご愁傷様です」



 ウェインさんは物腰柔らかく話していたが、ふと思い出したかのように手を叩く。



「いけないいけない、今は大会の最中でした。長話をするのも無粋でしたね。お互い、健闘しましょう」



「あ、はい。お手柔らかにお願いします」



「こちらこそ」



 彼女は華麗に一礼し、颯爽と森の奥へと駆けていった。


 ……人当たりはいいけど、常に警戒を解かないところはさすがサブマスターといった貫禄だったな。まあ美人なお姉さんと話せただけで儲けものだ。


 さて。


 この場に残ったのは、巨大な氷と氷漬けにされたマルコさん。


 ……これ、賭けは無効になるのか? ウェインさんというイレギュラーの所為で彼は行動不能になったのだし、最早勝負が成立しているとは言えない。


 だが、杖の中のがめついエルフにはそんなことは関係ないようで。



「何をぼさっとしておる! あの男が動けんうちにさっさとポイントを集めるぞ!」



 と、大声で僕を捲し立てた。



「……少しは道徳心を持てよ」





「【黒の虚空ネロ・ヴォイド】!」



 杖から黒い波動が広がり、A級召喚獣の身体を包み込む。断末魔をあげる暇もなく、召喚獣は消滅していった。



「これで四体じゃな。残るは一体、楽勝じゃろ」



 えらくご満悦な声をしていらっしゃるベスは、きっと杖の中で余裕の笑みを浮かべているのだろう。


 まあ実際、ここまで順調に事が運べばまず間違いなく優勝できるはずだ。念を入れる意味では、ベスの言う通り残る一体のA級も僕たちが倒したいところではある。



「……なあ、ベス。このまま優勝して魔石が集まったら、喰魔のダンジョンに潜ることになるよな?」



「そうなるな。何か気掛かりなことでもあるのか?」



「いやその、どうしてもトラウマが拭えていないというか……A級モンスターが何十体も沸いてきたんだぜ?」



「それは儂の魔力に反応してしまったからじゃろ。もし二百年前、封印される前の儂があのダンジョンに潜ったらどうなるのか、逆に興味があるの」



「考えたくもねえ……」



 それこそ、S級のドラゴンまみれになるなんてことも有り得る。何だその地獄絵図。



「まああまり心配するな。儂が杖の中におる以上、喰魔のセンサーには引っかからんはずじゃ。恐らく、お主とニニの二人分の魔力に応じた敵が出てくるに留まる」



 そしてその程度の敵なら、ベスは難なく倒すことができる。


 なるほど、確かに喰魔のダンジョンを攻略するうえで、彼女が杖の中にいるというのはウルトラCのような回答だ。


 でも――だからこそ。


 こんなにトントン拍子に事が進んでいいのかと、事態を好意的に捉え切れない自分もいる。


 それはあまりにネガティブな考えだろうか?


 けれど、こんなベスの強さにおんぶにだっこな状況がいつまでも続くなんて……僕にはとても、考えられなかった。


 当たり前の日常は、いつか願っても叶わない非日常になる。


 そしてそのいつかは往々にして。

 思ってもみないタイミングで――訪れるものだ。


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