窮地



 一時間程練り歩き、無事に魔法陣を見つけることができた。


 もしグリーンスライム以上の敵、具体的にはB級やA級のモンスターが出現したら大人しく引き下がっていたけれど……どうやら、このダンジョンにそんな強力なモンスターは生成されないようだ。


 道中倒したのはE級やD級ばかりで、グリーンスライム以外のC級ですら三体しか出会っていない。


 以上のことから考えて、ここは恐らくC級のダンジョンだろう。


 難易度の設定は三~五階層目まで潜って行わなければならないので、まだ断定はできないが……まずC級とみて間違いなさそうだ。


 であるならば、一人で三階層目まではいけるかも……。



「っ⁉」



 突如、目の前の魔法陣が光り輝く。


 それはつまり、何者かが二階層目からこっちに戻ってくるということだ。


 僕は魔法陣から距離を取るように離れ、光の元を観察する。



「ひゃっはああああああああああ!」



 現れたのは――ドラゴン。


 そして、その背に乗った二人の男だった。



「あ、役人様じゃねえか! 一人でここまで辿り着いてるなんて、中々やるじゃねえの!」



 僕を見つけたスキンヘッドが、空飛ぶ竜の背から声を掛けてくる。


 ということは必然的に、もう一人の男はジンダイさんだろう。



「戻ってきてくれたならよかった! 一緒に三階層目までいきましょう!」



 ドラゴンの羽音が鳴り響いている所為で、大声を出さないと会話ができない。


 僕の叫びを聞いたスキンヘッドは、同じく大声で答える。



「ああ⁉ わざわざいく必要ねえよ! 俺とジンダイの兄貴で二階層目まで確かめてきたからな!」



「でも規則で決まってるんです! 難易度の判定は三階から五階層にいかないとできないんですよ!」



「これだから役人様は頭がかてーんだよ! どう見てもこのダンジョンはA!」



「え、A級⁉」



 聞き間違いかとも思ったが、しかし彼ははっきりとA級と言っていた。


 だけど、そんなはずはない。


 もしここがA級なら、僕一人で一時間近くも探索できるわけがないのだから。



「何言ってるんですか! ここはC級じゃないんですか!」



「ああ⁉ なわけねえだろアホ! ……おい、!」



 ドラゴンが飛翔する。天高く舞う風圧に圧され、僕はその場で尻もちをついてしまう。


 刹那。


 さっきまで僕の首があった辺りに――一陣の風が吹いた。


 それは、真横に薙ぎ払われた剣。



「――!」



 いつの間にか、僕の背後に鎧を着た骸骨が立っていた。


 落ち窪んだ眼底の奥から、禍々しい黒い魔力がこぼれている。


 こいつは……間違いない。


 アンデッドナイト。


 A……!



「カカカカカカカッ」



 そんな言語とはかけ離れた声をあげ、アンデッドナイトは剣を振るう。


 どす黒い魔力が空間を裂き、木々を薙ぎ倒した。



「あぶねえっ⁉」



 僕はすんでのところで身を転がし、斬撃を躱す……って、待って待って待って待って。


 こんな強力なモンスターが、どうして突然出現したんだ?


 一時間もダンジョンを彷徨って、たまたま出会わなかっただけ? ……いや、今考えるべきなのはそんなことじゃない。


 どうやって逃げるか。

 それだけだ。



「【火炎斬り】!」



 僕の放った炎は確かに骸骨に直撃したが、鎧の魔力によっていとも簡単に弾かれてしまう。


 ……やっぱり駄目だ。牽制にすらなっていない。


 次の階層へ移動する魔法陣を発動するには、数秒のタイムラグがある……何とか魔法陣を踏むことができても、その数秒で一刀両断されるのがオチだ。



「くそ!」



 とにかく今は、走るしかない。


 僕は剣を腰に納め、森の中を爆走する。幸い相手はアンデッド種だ、素早く動くことはできない。



「……嘘だろ」



 だが、そんな楽観的な考えはすぐに覆されることになる。


 しばらく走った先。


 地面がボコボコと割れ――骨になった腕が生えてきた。


 凡そ二十体。


 僕の行く手を阻むかのように、地中からアンデッドナイトが這い上がってきたのだ。



「……」



 例えここがA級ダンジョンだとしても、この数は有り得ないだろ。


 だったら、考えうる可能性は一つしかない。


 S級。



「……」



 じりじりとにじり寄ってくる骸骨たちに追い詰められ、僕は逃げ場を無くす。


 「竜の闘魂ドラゴンガッツ」の二人は、とっくに竜に乗ってダンジョンから出ていってしまったのだろう……絶体絶命。


 その四字熟語がここまで似合う状況を――僕は知らなかった。


 ……そう言えば。


 考えないようにしていたけれど、シリーに追放されたB級ダンジョンでも、突然S級モンスターが出現したっけな。


 今回は、C級だと思っていたのにいきなりA級モンスターの群れに囲まれた。


 とんだ災難だ、神様がいたら文句を言ってやりたい。


 ……いや、それは筋違いか。


 奇跡的に助かった命を無駄にして、またダンジョンに潜ったのだ……僕が神様だったら、そんな愚かな人間がいたら怒るに決まっている。


 こらって。


 だからこれは、自業自得なのだろう。


 僕は、冒険者には向いていなかった……そのキャリアを変えることもできたのに、公務員になってまで再び冒険に出た。


 我ながら、酷い人生の幕引きである。



「……」



 本当ならシリーに裏切られた時に失っていた命だ……今回は潔く、それを受け入れよう。


 ……シリーか。


 恐らくもっと先の階層まで潜っている彼女のことを想いながら、僕は目を閉じる。




「儂が助けてやった命を勝手に捨てるなよ、たわけ」




 そんな不遜な声と共に。


 黒々しいが、辺りを包んだ。



「【黒の虚空ネロ・ヴォイド】」



 魔力が爆ぜる。


 一瞬のうちに――僕を囲っていたアンデッドナイトの群れが、消滅した。



「……」



「うーむ、まだまだ本調子には程遠いのぉ……お腹が空いたわ」



 聞き覚えのある、幼い少女の声色。


 声の主はゆっくりと地上に降り立ち――僕の顔を覗き込む。



「ふむ。思ったよりは整った顔立ちをしておる。もっと間抜けな顔だと思っていたから、意外と言えば意外じゃな」



 失礼極まりないことを口にする彼女の顔を――僕もはっきりと認識した。


 十歳くらいの、まだあどけなさの残る少女。


 黒一色のローブで全身を覆い、濃い紫の長髪を携え。


 髪と同じ紫紺の瞳には、僕の顔が映り込んでいる。


 そして――彼女の耳は。


 ツンと横に伸びていた。



「こうして互いの目を見たのじゃし、自己紹介でもしようかの。儂の名前はエリザベス……見ての通り、エルフじゃよ」




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