エリザベス
「……えっと、その、助けてくれてありがとう、エリザベス」
目の前で起こった出来事を飲み込め切れずにいる僕は、歯切れの悪いお礼しかできなかった。
「礼などいらん。そんなもので腹は膨れんしの」
エリザベスと名乗った少女は、これ見よがしにお腹を擦る。
「それと、儂のことをエリザベスと呼ぶな、たわけ」
「……さっきそうやって自己紹介したじゃないか」
「じゃあ何か? 儂がカルボナーラ二世と名乗ったらそう呼ぶんかい」
「そりゃ、名乗られたらそう呼ぶしかないだろ」
「ウジ虫と名乗ったらそう呼ぶんかい」
「まず自分のことをウジ虫と名乗るな」
何を言っているんだ、彼女は。
……いや、それよりも。
どうして幼い子どもが、一人でこんなところにいる?
「ベスと呼ぶがいい、人間。中々気に入っている愛称なのじゃ、我ながらの」
「じゃあ、ベス。訊きたいことがあるんだけど、いいかな」
「構わんぞ。お主には一応、一食の恩義があるからの」
「……? 僕、君に何かあげたっけ」
「お主が仲間たちに裏切られてパーティーを首にされてトカゲの前に置き去りにされたダンジョンの最深部で、儂が封印されていた杖に魔力を込めたじゃろ。あれじゃよ」
「人の苦い過去を細かく描写しないでくれ」
……と言うか、まあやっぱり。
この子が、あの時助けてくれた謎の人影の正体か。
一体、何者なんだ。
「えっと……どうして僕を助けてくれたんだ?」
「それ、本当に訊きたいことなのか? まあよいが」
ベスは濃い紫色の髪をふわりとかきあげ、特徴的な形をした耳にかける。
そして威厳たっぷりに間を取って、口を開いた。
「気まぐれ」
「……」
気まぐれかよ。
変な間を置くから、何かあると思ったじゃないか。
「まあ千年以上も生きておると、特にやることなんてないしのー。あのダンジョンから出てふらふらとこの国を見ていたら、儂の封印を解いた者と同じ魔力を感じてな。気まぐれでついてきたら、ここに至ったというわけじゃ……にしても、どこもかしこも大分様変わりしておってビビったわい。二百年経てば別世界じゃの。あ、そうそう、変わっていたというなら……」
「ちょっと待って一旦ストップ」
「なんじゃ人間。儂の一人語りを止めるとはいい度胸じゃ」
「いろいろと聞き捨てならないことがあったからな……え、何? 千年以上生きてるの?」
見た目十歳くらいの少女が、実は千歳以上のおばあちゃんだとでも言うのか。
しゃべり方は一々古風だなと思っていたけれど……まさかな。
「正確には千五五五歳じゃな」
「……」
「わかりづらかったか? なら1555歳と改めよう」
「いや、漢数字か算用数字かはどうでもいいんだけど」
つーか口で伝わるか。
「エルフの中でも長生きの部類じゃから、驚くのも無理はない……まあ、そのうち二百年くらいは封印されておったから、生きていた実感はないがの」
「……」
とても冗談を言っているようには聞こえない。
彼女は本当に、千五百年もの時を生きてきたのだろう。
そんな人生の大先輩の右耳が、ピクッと動く。
「……どうやら、長話をしている暇はないようじゃ。アンデッド種とゴブリン種、それにゴーレム種のモンスターが集まってきておる……ざっと五十体はくだらなそうじゃ」
「……わかるのか」
「常に探知魔法を張り巡らせておるからな……さて、腰を落ち着けるためにもダンジョンから出るとしよう。無駄な魔力は使いたくないしの」
「……」
ベスの探知魔法が正しいなら、確かに一刻も早く外に出た方がいい。五十体ものモンスターが集まってくるなんて想像もできないが、どう考えても二人で対処できる状況ではないだろう。
……だけど。
「ごめん、ベス。僕はダンジョンからは出ない」
僕の言葉を聞いた彼女は一瞬固まり。
大きな溜息を漏らす。
「……何をたわけたことを。お主一人でこの先も攻略するつもりか? 悪いが、そんな無謀に手を貸してやる程、儂はお人好しでもなければ満腹でもないぞ」
「いや、最深部までいくつもりはないよ……ただ、もう少し先の階層に別のパーティーがいるんだ」
「それがどうした? そいつらに合流できるまで潜るつもりか?」
「ああ。合流して、助ける」
C級だと思っていたダンジョンが、蓋を開けてみればS級に匹敵する難易度だった。
そんな危険な場所に――シリーたちがいる。
彼女は勇者だし、他のメンバーも実力者揃いとは言え……さすがにS級を攻略できるとは思えない。
なら、彼女たちは困っているはずだ。
誰かの助けを、必要としているかもしれない。
「その先にいるという冒険者たち……まさかとは思うが、あの時裏切られた仲間じゃあるまいな?」
「……勘が鋭いな。ベスの言う通り、この先にいるのはあの時の仲間だ」
「裏切られ置き去りにされ、死の一歩手前までいったというのに……そやつらのためにダンジョンに残ると? 正気ではないの」
彼女の言葉が耳に刺さる。
確かに、僕がしようとしていることは正気の沙汰ではないかもしれない……追放された元パーティーのために危険を冒そうだなんて、馬鹿げている。
でも。
馬鹿げているとわかっていてもなお、僕はいくのだ。
「僕如きが加勢しても状況は好転しないけど、せめてシリーたちが逃げるまでの時間稼ぎくらいはできるだろうしな」
「じゃが、お主は死ぬのではないか」
「死ぬかもしれない。でも、僕が死んで勇者パーティーが無事なら、その方がいいだろ?」
「……」
僕の理屈に呆れたのか、ベスはポカンと口を開け。
そして――笑った。
「ははははははは! 面白いぞ、人間! お主は自分を裏切った仲間を助け、その上で命を捨ててもいいと言うのか!」
「いやまあ、できれば生きていたいけど……」
「それでも、死ぬかもしれない危険を冒して裏切り者どもを助けるのだろう? お主のそれは、自己犠牲ではなく自己破滅とでも言うべき愚行じゃな」
自己破滅、か。
安定を望んでいるはずの僕が破滅に向かっているとは、人生何が起こるかわからないものだ。
「……まあ、そんなわけで僕は先に進むよ。助けてくれてありがとう、ベス」
「本当にありがたいと思っているなら、命を粗末にするものではないが……お主に言っても仕方がなさそうじゃな」
「僕も死にたいわけじゃないから、せっかく救ってもらった命を無駄にしないように頑張るさ」
「お主が頑張ったところで高が知れとるじゃろう。じゃから、儂も一緒にいってやろう」
言うが早いか、ベスは次階層に降りるための魔法陣を踏んだ。
彼女の体が、光に包まれる。
「どうせ暇じゃしの。二百年のブランクを解消するためにも、ここでひと暴れするのも一興じゃ」
「そんな、ベスまで危ない目に合わせるわけには……」
「いいから早く踏め。儂だけ移動したらどうするんじゃ、全く……それに、二度助けた命をみすみす無駄にさせるわけにもいかんじゃろうが」
「……ありがとう」
僕は魔法陣を踏む。
二つの体が、光に包まれた。
「そうそう、お主の名前をまだ聞いておらんかったな」
「僕の名前は、クロス・レーバンだ。レーバンでもクロスでも、好きな方で呼んでくれ」
「気が向いたらの」
魔法陣が発動し。
僕たちは、二階層目へと突入した。
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