41 ピンチヒッター

 夏休みから冬休みに向かう季節を流れる時間はあっという間だ。

 そして冬休みに入る一か月前、そう、あと二週間後。ついにミスコンの結果発表が行われる。

 ポイントが掲示されているわけでもないから現時点で自分にどのくらいの可能性があるのかも不明だ。


 ミスコン狙いの生徒たちの目つきが日に日に険しくなっていることだけは認識できる。

 もしかしたら、傍から見れば俺もそのうちの一人になっているかもしれない。

 平静を装っているけれど、気にならないわけがない。

 この世界で大きく飛躍するための第一歩。ミスコンのグランプリは将来の道を照らすきっかけとなり得る。逃したくはない。ゾーイには煌々とした未来を進む権利がある。はたまた社会を変えるカギにだってなれるかもしれない。夢だけは膨らむが、まずは足場を固めないと駄目だ。やっぱり、二週間後の発表はゾーイにとって重要なターニングポイントとなるはず。


 だがしかしその前に、この学校の生徒たちは別の大きなイベントを控えていた。

 ミスコンの前に一番近くにある学校との交流イベントが開催されるのだ。

 交流といっても、生徒たちが互いの学校のプライドを背負って競うだけなんだけど。

 先生たちはそんなつもりで企画したわけではないと思う。でも実際、伝統的に行われるこの交流イベントをただの平和な会として捉えている生徒なんていない。

 まさに名誉をかけた生徒同士の仁義なき戦い。遊んでいる場合ではないという生徒たちのピリピリとした気迫を感じる。


 イベントの内容としては五つのセクションに分かれる。

 対決手段は年度ごとに変わるが、今年は次の五つの試合が行われる予定だ。

 まずはスポーツ部門から野球、次に理系部門から数学大会、三つ目は文系部門から討論大会、四つ目は芸術文化部門としてドローイング。そして最後の五つ目は自由部門。枠にとらわれない内容で勝負をする。今回は確かジェスチャー対決が自由部門でエントリーされていた。

 出場者は学校の代表から選ばれる。自薦でも他薦でも構わない。五つの部門のうち、多くの勝利を取った学校の食堂で約一か月間カップケーキが振舞われることになっている。


 つまりは大した特典があるわけではない。

 けれど血気盛んな年頃の生徒たちは、特典とか関係なく、全力で勝負に挑むことを一つの楽しみとしているのだ。

 俺は特に出場する部門もなく、応援者として気軽にイベントを楽しめると思っていた。

 二日に渡って行われる学校対抗戦。ミスコン発表前のいい気晴らしになるだろう程度に考えていた。

 だが、対抗戦が明後日に迫る今日、そんな呑気なことは言っていられなくなった。

 どうやら野球試合に出る選手のうち一人が怪我をして出られなくなったとのことだ。


 この試合は普段は野球活動に携わらない生徒で構成される男女混合チームで出場するのがルール。本校にも野球サークルはあるが、そこに所属する生徒たちは出られない。ほかの部門でも対象の部やサークルに所属している生徒は参加できず、監督に徹することしかできないことになっていた。

 加えて、受験勉強が本格的になってくるこの時期。どの部門も大体は一、二年生でメンバーが固められる。

 まぁそこまでは理解できる。野球経験者だと圧倒的に有利だし、ただの地域大会と変わらない状態になってしまうだろうし。


 でも。だからといって空いた穴を埋めるために俺に声がかかるとは思っていなかった。

 確かに俺はこれまで校内でたくさんの事象に助太刀として首を突っ込んできた。図々しいほどに顔を売り、多くの生徒たちとコミュニケーションを取ることも出来た。

 けれどそれらをこなせたのも、ある意味で責任がそこまでなかったからと言ってもいい。

 学園祭でのボーカルやパーティーの助手は、確かに責任を感じる瞬間もあった。しかしどちらかといえばそういう類のものは稀な方だった。


 だからこそ、今回みたいな学校の威信をかけた試合で俺にパズルのピースを埋める役割が回ってくるなんてことは想定していなかったのだ。

 そうだ。俺は怪我をした生徒の代わりに試合に出て欲しいと頼まれた。

 声をかけてきたのはチームのキャプテンを務めるリカルド。何故俺に声をかけたのかと尋ねれば、学園祭で見たステージの姿が印象に残っていたからだという。

 いやいや、歌と野球じゃ大きく違うんだけどな。

 当然そう言ってやんわりと断ろうとした。いくらお節介モンスターと化した俺でも、学校対抗戦での一試合を担うほどの度胸はない。


 しかしリカルドは引き下がらなかった。

 ステージの上での君にスター性を感じた。君がいればチームの士気が上がると思う。

 そんな言葉を並べ、ギラギラした瞳で訴えかけてきたのだ。

 現実的に、もう試合は明後日。ほかの生徒に頼んでも首を縦に振ってくれる確率は低い。

 リカルドはチームメンバーと共に土下座する勢いで頭を下げ、決して希望を捨てようとはしなかった。

 その姿を見ていると、まるで自分を見ているようにも思えてきた。

 不可能と思われることに挑戦する。決して折れない。諦めたり逃げたりなんかしない。


 ミスコンを目指したこれまでの日々。まさに目の前のリカルドと同じだった。

 気づけば俺は首を縦に振っていて、リカルドと握手をしていた。

 これは大変なことを引き受けてしまったぞ。

 帰り道、次第に顔は青ざめていき眩暈を覚えて気分が悪くなってきた。

 だけど負けるな。

 これはチーム戦なんだ。俺一人の戦いとは違う。互いに弱点をフォローし合って、最適なチーム力を見つけていけばいいだけだ。


 自分にそう言い聞かせ、ベッドに入る前には俺は気持ちを完全に切り替えていた。

 それに、もう随分と過去のことではあるけれど。

 一応俺も、藤四郎時代に少年野球をやっていた時期があったんだ。

 その時の感覚をどうにか思い起こして全力を尽くせばいい。


「がんばれ、ゾーイ」


 頼んだぞ、俺。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る