10 独断流

 校内のゴミ拾い活動を始めてから、俺の休み時間は割と忙しくなった。

 流石に大量のゴミが毎日落ちているわけでもないし、美化活動ということで汚れた場所を掃除したり掲示物を綺麗に貼り直したりと、とにかく出来ることはなんでもするようにした。


 一週間が経った頃には清掃員の人に顔を覚えられ、感謝とともにそこまでしなくてもいいんだよ、と優しい言葉を頂けた。

 確かにあまりにやりすぎると清掃員さんにとって鬱陶しい存在になりかねない。でも清掃員さんは割と高齢な方も多いから、重たいものを運ぶときとかは見ているだけだとハラハラしてしまってどうしても声をかけてしまう。

 教師の目に自分を印象付けることが第一の目標だった。だが気づけば純粋に清掃員さんたちの力になりたい気持ちが前に出てきてしまっている。清掃員さんたちと仲良くなってから、俺は彼らのちょっとしたお手伝いをしていくことが多くなった。

 ジアはそんな俺のことを不思議な目で見てくる。


「ゾーイ、最近休み時間はずっと校内を歩き回っているけど、それ、どんな意味があるの?」


 彼女の指摘はごもっともだった。

 ゾーイをミスコンの土俵に上げるために小さなことから活動を始めたはずだったが、今のところ教師にも生徒にも俺の存在をアピールできていない。

 このままではゾーイの努力は陰に隠れたままだ。人目につかなければ、すべての努力は存在しなかったことと同じになる。


 だけど清掃員さんのお手伝いをして彼らの嬉しそうな顔を見られるのはこちらとしても嬉しいし、誰かの役に立ってるって実感がこれまであまりなかった俺にとっても正直楽しかった。もうミスコンとか無視してこのまま美化活動を黙々と頑張るのもいいかな。本当の陰のヒーローみたいでかっこいいし。

 そんな魔が差してしまうくらい、俺は今の活動が結構気に入っていた。

 俺が言葉を詰まらせていると、ジアは眉尻を下げつつも懸命な眼差しで俺を見る。


「ゾーイがミスコンをがんばるってのは分かった。でも、友だちとしてはっきり言うけど、清掃員さんのお手伝いをしていても誰も何も思わないよ? だって、もともと清掃員さんの仕事を恩着せがましく手伝っているようなものだし……」

「恩着せ……」

「ごめん……。でも、なんだか見ていられなくて……。ねぇゾーイ。やっぱり真面目に勉強をして成績を上げた方が手っ取り早いよ。受験だって、ゾーイなら試験で良い結果が出せるはず」


 ジアは遠慮することなく自分の意見を言ってくれた。そりゃ勉強をすれば成績は上がる。ゾーイは地頭もいいんだし。でもそれが本当にゾーイの救いになるんだろうか。俺にはやはりしっくりこない。

 決められた世界の上をただそのままに歩み続ける。どんなに苦しくても辛くても、声を上げることすらままならない。聞く耳を持ってすらくれない。そんなの、全然救われない。

 ジアは清掃員さんに対する俺の行いを恩着せがましいと言った。でもそれくらいしたっていいじゃないか。そうでもしないと、俺は彼らの記憶には残れない。


「……なるほど」


 頭に浮かんだ言葉が意識せずに声に乗っかった。ジアは眉をひそめる。


「ジア、アドバイスをありがとう! わたし、分かった気がする……!」

「な、なにが分かったの……? ミスコン、諦める……?」

「ううん! 諦めるわけないよ!」


 陰のヒーローで満足しかけていた俺に新たな希望が湧いた瞬間だった。


「わたし、恩着せがましい人間になる!」

「……へ?」

「確かに今は、清掃員さんたちとしか交流できてない。じゃあ、それを生徒の皆にもやればいいんだよね?」

「へ……? え……ゾーイ、何を言って……」

「わたし、なんでもしますから!」


 俺のこの宣言に、ジアは呆れたような眼差しを返す。

 今日も十分で昼ご飯を食べ終えた俺は、いそいそとトレイを片付け職員室へと駆けこんだ。

 ジアもまたゾーイにはミスコンのグランプリは無理だと思い込んでいる節がある。それは彼女のこれまでの経験から来る判断だし、彼女にしてみてもゾーイは他人事じゃないからだと思う。ゾーイに前科があるってのも彼女にとって良くない思い出だし。


 だからこそ俺は、この挑戦から逃げちゃだめなんだ。

 この先、清掃員さんたちのお手伝いの頻度を減らす必要も出てくるだろう。

 何しろ俺は、今日から親切の押し売りを全校に広めていく予定だからだ。

 だけどやっぱり清掃員さんたちのことも気になるから、ちゃんと彼らと交流する時間も持とう。

 まだ依頼なんて一つも来ていないのに、俺はもう校内よろず屋をすっかり立ち上げた気持ちになっていた。


 とはいえよろず屋を名乗るとサークル活動として見られてしまうから個人のポイントには加算されない。

 だからじわじわと口コミを広めていく必要がある。

 困ったことがあったらゾーイに頼もう。ゾーイが色々手伝いをしてくれるよ。

 そう言われるようになればこっちのもんだ。もうポイントは稼ぎ放題だろう。


 職員室の扉を叩きながら、俺は今朝、担任が言っていたことを思い返す。

『校内新聞が発行された。図書室の前に置いてあるから興味があったら取ってけよ。校長のお気に入りの施策だから早めに捌けさせたいんだ』

 担任はあまり乗り気ではなかったが、生徒たちも同じく苦笑いをしていた。

 もしかしたらポイントになるかなと思って俺は早速新聞を取りに行ったけど、紙面を見たところで俺もなんとなく察した。


 校内新聞というからサークル活動の報告とか、マメ知識とか、校内アンケートとか、なんだか楽しい内容が盛りだくさんなのかなと思っていた。が、実際の紙面にはそんな軽い記事は一切なかった。

 十二ページの新聞にはびっしりと文字が並び、お堅い論文を読んでいる気分になった。

 どうやらこの校内新聞は校長の気まぐれで発行されているようだったが、文学者である彼の文学に対する独自の解釈や教えを生徒たちにも伝えたいということがメインだった。


 文学に対する愛は認めるけども、正直高校生たちがそんなものを望んでいるわけでもなく。

 恐らく文学を読み慣れているゾーイの頭でも受け止めきるのが大変そうな内容だった。

 これでは手に取る生徒もあまりいないだろう。ただ捨てるだけのものを持ち帰る酔狂な奴は少ない。

 だが今の俺はこの新聞の人気のなさを逆手にとろうと閃いた。ちょっと気になることもあったし。


「イェスズ? どうした。授業の質問は休み時間以外に……」


 呼び出された担任が片手にお茶の入ったペットボトルを持ちながら出てくる。


「いいえ違います。ちょっと許可をいただきたくて」

「許可? なんの?」

「校内新聞です。あれ、置いてあるものを勝手に取って行くスタイルですよね? そうじゃなくて、配ってみたらどうかと思いまして」

「配る? イェスズ、あれ読んだか? あんなの配っても避けられるだけだろ」


 先生もなかなか酷いことを言う。

 この感じ、教師の間でも校長の熱意しかない新聞の内容は賛否両論あるみたいだ。発行された半分以上が古紙として処分されているという噂もある。


「読みました。だからこそ、配ろうかと思いまして」

「うそだろ。イェスズ、無理しなくてもいいんだぞ?」

「わたしは本気です。だから、許可をいただきたくて。すべて配りきるって約束しますから」

「いや別に、そこまでしなくても大丈夫だけど……」

「いいえ。折角の新聞、ただ処分されるだけではあまりにも勿体ないです」


 清掃員さんたちの仕事だって増えちゃう。

 担任は頭を掻いて困ったような表情をする。でも断る理由も正直なところないのだろう。


「まぁいいよ。校長も人の手に渡った方が喜ぶだろうし」

「ありがとうございます!」


 先生にお辞儀をしてその場を後にする。

 これで本当に新聞をすべて配りきったら、校長をはじめとした教師たちの間でゾーイの話が持ち上がるのは必然だ。不評な新聞を直接ゴミにせず生徒たちのもとに届けた。これはもうゾーイという生徒の存在をしっかりと認識する機会になるはずだ。いや、そうせざるを得ない。

 自ら申し出ておきながら傲慢な考え方だけど。


 恩着せがましく存在をアピールして、なおかつ直接新聞を配ることで他の生徒たちと若干でも接点を持つ。

 一度脱線しかけたゾーイの未来に向けた一大計画。ここらで軌道修正だ。

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