恋人の常識なんてゴミ箱に捨てて
——透矢が依子とシてしまった翌日。
そろりそろり
自宅の扉を恐る恐る開ける透矢。時刻は朝の7過ぎ。
何故こんなに家に静かに入るのか……それは、妹の伎織にすぐに帰ってくると言ったのに、結局こんな時間になってしまったから。
今日は土曜日だし、伎織はまだ起きては……って無理か。
「兄さんおかえりくらい言ったらどうですか?」
「ひょぇ!?」
リビングに入った瞬間、聞こえた声。
テーブルにはマグカップ片手ににこやかな笑顔を見せる伎織の姿が……。
「し、伎織……」
「はい、兄さんの世界一可愛い妹の伎織ちゃんですよ」
「……」
「いつもみたいに反応をください。これじゃあ私が滑ったみたいじゃないですか」
いつもなら何かしらツッコミを入れる透矢だったが、今はそれすらできない。
頭の中は昨日の事でいっぱいだ。
『ん、透矢……とおや……』
細めながらこちらを見る目はうるうると涙を溜めている。。
精緻な人形のように整った顔が、高揚と羞恥でいっぱい。
甘ったるい声が耳元で囁く。
鼻から入ってくる甘い空気はまるで媚薬のように脳髄を侵食する。
『きて……透矢……アタシの中でたくさん———』
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ
ああああ!!!!
「兄さん?」
「おれ、今日は一日部屋に篭るからーーっ!!」
「ちょっと兄さん!?」
「と、言うわけです」
「なるほどねぇ……」
依子さん。そんな目をしないでください。さすがに翌日は仕方ないと思うんです!!
リビングで俺と依子が隣同士。対面で伎織が翌日の俺の様子を紅茶を飲みながら優雅に話していた。
「全く、兄さんは女の子の家でお泊まりくらいであんなに照れなくても良いのに」
「て、照れてないぞ別に!」
照れたと言うか、色々な感情が混ざりすぎてパニックだった。
「ごめんなさい依子さん。うちの兄がこんなに童貞丸出しで」
「……え、あ……うん……」
「……」
……普段だったら『ど、童貞の何が悪いんだよ!!』とか言い返せるけどさ……し、シしてしまったんだよね。つまりDTではない。
依子も察したようで気まずそうに視線を右往左往していた。
「しかし、2人が未だ付き合っていないなんて……やはり信じられないです」
「……ど、どうして?」
「もちろん、お似合いということもありますが……だって男女が一つ屋根に泊まったんですよ? 何もないなんてありません。あ、もしかして——シしてしまいました?」
「「!?」」
依子と2人で体が硬直する。
なぜにこいつは発言がいちいち鋭いのだ……。
伎織は俺たちの反応を見て何やら気づいたのか、にぃと口角を上げた。
「なるほどなるほど……案外私の勘は当たっているかもしれませんね。ねぇ兄さん。私、兄さんの制服預かりましたよね」
「あ、うん……」
伎織がクリーニングに出すとかで渡したな。
「その時匂いを嗅がせてもらったんです。兄さんの匂いは落ち着きますから」
「……」
どうしよう……めっちゃツッコミたい。え、妹さん俺の制服クンカクンカしてたの?
依子も分かる……とか小声で言わないで!!
「依子さんの家に泊まっていたので、上着に依子さんの匂いがつくのはわかりますが……ワイシャツやズボン……ましてやパンツまで依子さんの匂いがつくってことは、依子さんの前で兄さんが脱ぐナニかがあったと言うことですね。……つまり、シちゃったんですか♪」
言っていることは確かに当たってる。けど……
「兄さん、依子さんと何回したんですか〜?」
「そんな笑顔で言うことかよ!?」
「あ、否定しないんですね。ビンゴです」
もうバレているのだろう。身体をクネクネさせて嬉しそうだ。
先ほどから喋っていない依子は色々と思い出したのか顔を赤くし、俯いている。
伎織は
「2人はシちゃったんですよね?」
コクリ、コクリ
「恋人でもない友達の関係でシちゃったんですよね?」
コクリ、コクリ
「じゃあ付き合っちゃえばいいじゃないですか」
その言葉には俺も依子も首を縦に振らなかった。
「なんでそこは首を振らないんですか。シちゃったんですよね? って、ああ、うちの兄がクソ雑魚だから関係が進まないんでしたっけ? ふふっ」
自己完結。もう本格的なディスりになってきたな……。
「どうせ、ちゃんとした答えが出るまでは〜とかで色々はぐらかしているんじゃないんですか? 依子さん?」
「っ……うん、まさにその通り……」
「やっぱり。変なところで真面目なのがうちの兄さんですから」
「……全部お見通しなのかい」
ほんと、うちの妹の察知力舐めてたわ、
すると伎織は、姿勢を正しいて俺と依子を真っ直ぐした瞳で見据えた。
「兄さん、そして依子さん。恋人の常識なんてゴミ箱に捨てて、付き合って下さい。恋人になってください」
真剣と分かる声色。
俺と依子まで背筋が伸びた。
「どうして伎織ちゃんはアタシたちを……むしろ、透矢の彼女がアタシでいいの?」
依子の質問に一拍あけ、伎織は言う。
「当たり前です。私は兄さんの彼女は依子さんしか有り得ないと思っています。だって兄さん、依子さんの話をしている時はすごいいい笑顔をしますから」
「っ……! そ、そーなんだ……」
依子が照れるとこっちまで恥ずかしくなる。
食卓ではお互いに学校や放課後にあったことを話す。もしかしたら、一緒にいることが多い依子の話題が多いかもしれない。
「それで……付き合います?」
「……」
「……」
俺も依子も互いの顔をチラチラ見合い無言。先程からこのループ状態。
だってさ、こんな成り行きで付き合いとか依子に申し訳な——
「あー私って口軽いなー」
「……? 伎織?」
何やら席を立ち、部屋の中をウロウロし始めた。
「あー私って口軽いからこの家を出たらお隣さんや近所の人に『シたのに付き合わない男女がいるんですよ〜』って言いふらしちゃいそうだな〜」
「なっ!?」
チラチラと俺たちの方を伺うように言い始めた。
この話の流れで伎織が冗談を言うとは思うない……。
「あー、今から10秒以内に兄さんの口から付き合うって言葉が出ないと家から出ちゃうな〜」
いやいや、まさか……ねぇ?
何やら服を引っ張られた。
依子だ。
依子が何やら首を縦に振っている。まるで『付き合うって言って』と催促するように。
「ではカウントダウン〜。3、2——」
「7秒どこいった!? つ、付き合います!」
「……誰と誰が?」
「……俺と依子は……付き合います! 恋人になります!」
「ありがとうございます〜。では、来週はデートしてきてくださいね〜」
……もう驚きの言葉は出ない。うちの妹はとことん悪魔だ。
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