第2話 二人の手
清彦と綾子はバスと市電を乗り継ぎ、祭りへと向かった。二人が仙台駅に到着した時、時刻はちょうど午後六時になろうとしていた。
夕陽の空に、赤、青、黄色、桃色、色とりどりのくす玉がぽっかりと浮き上がり、吹流しがたなびいている。吹流しの間からは、和紙で作られた投網や屑籠、巾着袋が見える。竹ひごに掛けられた紙衣が風にはためいている。数え切れないほどの折鶴の束がしゃらしゃらと音を立てる。通りの両側から、笹の枝が腕を伸ばすように連なっている。そしてその枝のいたるところに、短冊が吊るされていた。色鮮やかな短冊は、笹の葉に咲いた無数の花のようだ。
今夜は、七夕祭りを締めくくる最後の夜だ。遠くからも人々がつめかけていて、進のにも苦労するほど、町は人でごった返していた。四方どちらへ向かっても、人の波は途絶えそうになかった。通りには所狭しと出店が並んでいた。甲高い笑い声、呼び込みの怒鳴るような大声、子供の鳴き声……声という声がそこかしこで弾けていた。町全体が、熱に浮かされていた。
「すごい人だな」
「うん。昼間よりも増えてるかも」
「広瀬通りに出よう。それから定禅寺通りに抜けて、西公園まで歩けばいい」
清彦は先導するように歩き出した。綾子は後ろをついて歩いた。
が、人ごみをかき分けて歩いて行くと、色んな人と肩や腕がぶつかって、なかなかうまく進めない。清彦は何度も肩越しに綾子を振り返った。そして意識して歩幅を縮めたが、すぐにまた二人の間に誰かの肩や頭が入って、距離は開いてしまうのだった。
「ごめん、俺歩くの速いな」
清彦はついに立ち止まって言った。
「ううん、私、久しぶりに下駄を履いたから……」
綾子は恐縮したようにうつむいた。
二人は少しの間、雑踏の中で向かい合っていた。立ち止まっていても、人波はまるで二人を町の一部であるかのように自然と避けて行った。
清彦は首の後ろに手を当てて考え込んでいるような表情をしていたが、やがて思い切ったように顔を上げて、綾子の手を取った。綾子の心臓が跳ねた。
「はぐれないように」
清彦はつぶやくと、そのまま手を引いて歩き始めた。
清彦は決して綾子の方を見なかった。頑なに前を向いていた。そのせいで、綾子の方からは清彦の真っ赤になった耳しか見えなかったが、それでも綾子は十分だった。
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