第4話 チェルシーの今
「ところで、おじいちゃん」
「うん、なんだね」
あさみは気になっていたことを聞いてみようと思った。
「チェルシーって、おじいちゃんの子どもの頃からいたんだね」
ん、と不思議そうな顔をして清彦はあさみを見た。
「おばあちゃんから聞いたの。チェルシーはおじいちゃんの恋人だって」
のこぎりを片付けていた清彦が破顔した。ははは、と笑う。
あさみが今まで見たことのない顔だ。のどの奥が見えそうなくらい、大きく口を開けて笑っている。
「おばあさんは恥ずかしいことを言うなあ」
照れているのか清彦はまだ笑っている。
「残念ながら、いくら牛が長生きでもそれはないよ。今のチェルシーは初代チェルシーの孫、つまり三代目なんだ」
「孫? じゃあ、あさみとおんなじだね」
牧場の牛の中でもひときわ大きくて、おいしい牛乳をくれるあのチェルシーが三代目だったなんて、あさみは知らなかった。優しい目をしたチェルシー。
あさみはいいことを思いついた。
「ねえ、おじいちゃん。あさみ、牧場に行きたい」
「え? 今からかい?」
「うん、今から行きたい」
「だって、もう夕方なんだよ。早く帰らないと、お母さんが心配するだろう」
「え~、大丈夫だよ。まだ明るいし。チェルシーにあいさつ、するんだ。同じ三代目同士、これからもよろしくねって」
清彦は迷った。
もうすぐ四時半になろうとしている。かわいい孫の願いを聞いてやりたいが、家路が遅くなってはいけない。しかし、夏至を少し過ぎた太陽はまだ一向に沈む気配を見せていない。
「じゃあ、お母さんに電話して、許しをもらったら連れて行ってあげよう」
清彦がそう言い終わるか終わらないかのうちに、あさみはポケットから携帯電話を取り出し、一番をプッシュして家にかけた。
最近の子どもはすごいな、とつぶやきながら清彦はそれを見守る。
「お母さん、いいよって」
陽子はしぶしぶ認めてくれた。
清彦に電話を代わり、「ああ」とか「うん」とか「おう」という返事の後、帰りは笹もあるからと結局、清彦は車で送ることになった。
牧場からそのまま帰るので、あさみは綾子に礼を言って出た。
また来るからね、と付け足すのも忘れない。
あさみは上機嫌だった。
清彦の牧場、宮瀬牧場は車でに十分の山あいの開けたところにある。
山奥と呼ぶにはちょっと不似合いで、動物たちの鳴き声が緑あふれる牧草地に響く楽しいところだ。夕方になっていたが、牧場にはたくさんの観光客がいた。
しばらく自由にしていいと清彦に言われたあさみは駆け出した。
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