第7話 二人の家路
言った瞬間、今まで我慢してきたものが堰を切ったように溢れてきた。口元が歪んだ。後はもう止まらなかった。殆どしゃくりあげるようにして、綾子は涙をこぼした。
清彦は困ったような笑顔を浮かべ、綾子の肩をあやすように叩いた。
「なんだよ、泣くなよ。これじゃ、俺が泣かしてるみたいだ」
清彦は後ろのポケットからハンカチを取り出して、綾子に差し出した。
ハンカチを持ち歩いている、しかもきちんとアイロンがかかったのを。そんなところまで変わってなくて、嬉しいのに綾子はますます泣けてきた。
「だって~……」
ずびー、という音が構内に響き渡る。
「あぁっ! お前、鼻かんだな、今!」
「ごめんなさい~」
ずびー。
「……もういいよ。それ、やる」
清彦はため息をついた。でも内心は呆れているのではなく、ほっとしていた。
綾子は、変わってない。
「ううん、ちゃんと洗濯して返すもん」
綾子は赤い目をこすると、涙声のまま語り出した。
「……今日ね、来る時、東京タワーが見えたの。それがすっごく綺麗で……清ちゃんに見せたいな、って思ったの。それから、仕事で
綾子の声は
「そっか」
清彦は綾子の言葉も姿も、全てをそのまま受け止めた。今はもう、自分たちを隔てるものは何も無い。
「清ちゃん」
綾子は顔を上げ、清彦を真っ直ぐ見つめた。
「会いたかった」
「俺もだよ」
清彦は眩しそうに笑った。
「さ、とりあえず荷物置きに帰ろうか、早くしないと花火に間に合わなくなっちまう」
そう言って、清彦は足元に置いていた大きな黒い手提げ鞄を持ち上げた。
「あっ、ねぇ、牛舎が空っぽ!」
バス停からの帰り道、牧草地の脇の砂利道を歩いていると、綾子が大きな声を上げて指を差した。
清彦は歩みを止めて、その方向を見た。傾きかけた陽の光に照らされて、牧草地は輝いていた。その広大な平野の片隅で、一番手前の牛舎だけががらんとしていた。
「あぁ、あそこの牛、今全部貸し付けてるんだ」
「チェルシーも?」
綾子は振り返って訊いた。
「うん」
「残念だなぁ。せっかく帰ってきたのに、チェルシーに会えないなんて」
綾子は無念そうに首を大きく横に振った。
「でも、草刈に出してるだけだから、すぐに戻ってくる。大丈夫、また会えるよ」
そして、清彦はまた歩き出した。綾子はその背中を追った。
家までの一本道で、何組かの祭りへ行く人々とすれ違った。子供たちだけの集団だったり、恋人らしき男女だったり、おばあちゃんから孫までの大家族だったりした。
誰もが皆、高揚感に満ちた笑顔を湛えていた。からんころんという下駄の音が、夕映えの忍び寄る青空に響いていた。
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