第5話 清彦の着想

「私は清ちゃんが自分の意志で選択したことなら、その結果がどんな風になろうと構いません」


 俺は結局牧場経営者の道を歩もうとしている。

 今だって、受けている講義は「農業経営学入門演習」だ。

 この道は、自分で選んだ道ではない。それは断言できる。

 選ばざるをえなかった道にすぎない。

 けれど、今、俺は苦難に陥っている牧場を何とかしたいと思っている。

 ……これは、経営者の考えることそのものだ。

 ということは、俺は経営者への道を自らの意思で選び取ろうとしているのだろうか。


『これからの農業経営……多様化と自由な発想』

 清彦は黒板の文字を板書する。

 これは正しいと思う。

 もし、本気で宮瀬牧場を建て直したかったら、宮瀬牧場を他の牧場と差異化するようなセールスポイントが必要だ。それは分かっている。

 でも、具体的に何をすればいいのかで行き詰まってしまう。

 自由な発想が、まだ足りない。


「私は清ちゃんの牧場が本当に好きだから」

 綾子は清彦たちと七夕祭りに行ったり一緒に遊んだりしなくなっても、時々牧場へと顔を出した。

 母親のお使いで来る時もあったが、大抵は自分が来たくて来ていたように思う。

 そうして、牛を撫でたり、手から餌を与えたり、乳搾りを手伝ったり、仔馬と遊んだり、ひよこを触ったりしていた。

 清彦にとっては、それらの多くは毎日の義務だったから何が楽しいのかさっぱり理解できなかったけれど、綾子は本当に楽しそう動物と触れ合っていた。

 清ちゃん家の牛乳が一番美味しい、やっぱり新鮮さが違う、と目を輝かせて言っていた。


 清彦はペンを動かしていた手を止めた。


 ……そうか。

 なんだ、そんなことだったのか。


 頭にかかっていた霧が一気に晴れた。

 絶対にこれでいけるとまでは断言できない。

 けれど、もしかしたら。もしかしたら、道が開けるかもしれない。

 とりあえず、今回のレポート課題だけでもどうにかなりそうだ。

 清彦は配られた藁半紙わらばんしのプリントを見ながら、不敵な笑みを浮かべた。


「課題……自分が農場経営者であると仮定して、その農場をどのように発展させていくか、経営戦略を1500字で述べよ。 提出期限 七月七日」

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