第4話 学食の時間

 清彦の腹の虫が鳴いたのと、二限目の終礼を告げるチャイムが鳴ったのはほぼ同時だった。

 朝、チェルシーに飼料をやって動いたせいか、いつもよりも空腹感がある。

 一般教養の英語の授業はどちらかと言うと高校の授業の延長線上のようであり、退屈だった。


「そら、学食行くべ」

 雄一は荷物をさっさとまとめて、もう既に立ち上がっている。大学生活において、この男の何よりの楽しみは、学生食堂なのだ。

 今日は清彦も同感だった。


 第一教育棟の隣にある食堂は、昼休みが始まったばかりとあって、学生たちでごった返していた。

 清彦と雄一はそれぞれメニューを選び、注文し、やかんのお茶を湯のみにれ、盆が人にぶつからないよう細心の注意を払いながら一番奥のテーブルの席に座った。


「またカレーライスなのか。よく飽きないな」

 雄一は今週で三回目のカレーライスをほおばっている。実に美味そうに食べるな、とうどんをすすりながら清彦はひとりごちた。

「カレーライスはうまいべ、肉が入ってるしよ。それに、皇太子様もお好きだとか。同じ物を食えるなんて、光栄だっきゃ」

「へえ、そうなのか」

「んだ」

「でも皇太子様が召し上がるのは、銀座や赤坂のホテルで、それも一流の料理人が作ったやつだろ。そんな有難いカレーライスと、うらびれた学食のカレーライスとを比べて、同じだって言ってもさ」

 清彦は少し意地悪を言ってやった。

 また、東京のことを思い出したからだ。

「なんも。オラ達庶民が皇太子様が召し上がるメニューと同じ名前の物さ食えるだけで、ただでねぇじゃ」

 妙な理屈だと思ったが、清彦は黙っておいた。

「そういえばよ、インド人はカレーライスを手で食うんだと。ほんにすごいの」

「まさか、だって手が汚れるだろう」

「んでね、ほんに手づかみで食うんだと。そいでも、インドのカレーライスはも少し乾燥したものらしいけども」

「よく知ってるな、そんな変なこと」

 まぁな、と言って雄一は得意そうに笑った。


「ところでよ、清彦が肉の中で一番好きなのは何だ?」

「何だよ、突然」

「まぁ、いいべな。で、何が好きだきゃ?」

 今まで食べたことのある肉を思い浮かべながら、清彦は考えた。

「鯨肉」

「わい! おめ、ウソだべ?」

 雄一は心底驚いた顔をした。

「いや、本当に」

「なしてあっただものが好きなんだ? 給食の鯨肉の竜田揚げ、うだで不味いべよ」

「いや、少し固いけど嫌いじゃなかったよ」

「なんたら、ひょんたな奴だなぁ」

 週に何度も同じメニューを食べる奴よりまともだ、と清彦はぼやいた。

「オラは牛肉が一番好きだよ。家で食えるのは年に数えるくらいだったけども、あの美味さは忘れられねぇじゃ。清彦だって、家では食うべ?」

「それはそうだけど……」

「あっただ美味ぇものはねえじゃ。食えば、欧米人のようにでっけぇ体格になるごった。栄養がいっぺぇだすけ、欧米人は丈夫にちがいね。それに比べてよ、オラ達日本人は貧弱でわがね。日本人はこれから牛肉をもっと食うべきだば」

 雄一はスプーンを振り回しながら雄弁に語った。

「せばよ、そのために、オラ達は農学部にいるんだべ。畜産と酪農の明るい未来に乾杯!」

 雄一は清彦に強引に湯のみを持たせ、ほくほくの笑顔で高らかに言った。


 牛舎にいる肉牛たち、乳牛たち、そしてチェルシーを思い浮かべながら、清彦は小さく溜め息をつく。

 同時に、授業中も頭を抱えていた重苦しい悩みが再び這い出てくるのを感じた。


 自分はどうすべきか、と。


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