第5話 清彦の逡巡

 父から牛を貸し付けに出すつもりだと聞かされた晩、清彦は憂鬱のあまりなかなか眠りにつけなかった。何度も寝返りを打ち、何度も時計を見た。

 跡取りは自分の望んだ道ではなく、やむをえず進んだ道にすぎないと思っていたのに、実際こうして牧場が牛を売るほど切迫している経営状態であること、莫大な借金があるということを知ると、何か自分にできることは無いかと頭をめぐらせてしまう。

 もちろん、いくら考えても何のアイディアも浮かばない。たとえ浮かんだとしても、経営には素人同然の自分が考えた策なんて程度が知れているわけだが。


 最初のうちは、牧場の経営が悪化すればいずれは手放すことになり、自分はここを継がなくてもよくなる、というよこしまな予測も立てた。

 そうしたら一切のしがらみから解放され、別のどんな道でも歩めるだろう、東京にだって行けるだろう、金は無いけれどこの経済成長めざましいご時世だ、東京に出れば製造業の仕事はいくらでもある、金を貯めて本当にやりたいことを見つければいい、と胸を躍らせた。

 しかし、それも一瞬のことだった。あまりに浅はかであることに気付いたのだ。

 わずかな間でもそんな考えに胸を高鳴らせた自分に嫌気が差した。


 牧場が倒産すれば、今までのような暮らしはできなくなる。

 大体にして、家畜と土地を手放して、どうやって生きていくというのだろう。

 父は牧場オーナーの三代目だ。それ以外の生き方は知らないだろう。

 二十歳で嫁いだという母も同じだ。

 祥子はまだ中学二年生だ。高校は当然行きたいだろうし、短大進学も視野に入れているかもしれない。

 家族だけじゃない、うちで働いている従業員たちにだって生活がある。

 やはり、牛を担保に金を借りることで経営状態を良くしようと思うのは正しいことなのだ。


 でも、チェルシーが売られていくのは嫌だ。

 父は、牛を「売る」のではなく、「貸し付ける」のだと言った。

 何の名目で? 

 真っ先に思いつくのは、繁殖用貸付だ。あそこの牛舎にいるのはみんな三歳未満の雌牛だから。

 だが、チェルシーは違う。チェルシーは今年で七歳になる。だから繁殖には使えない。

 となると、導き出せる答えは一つだ。

 チェルシーは、淘汰とうたされる。

 それだけは何としてでも防がなければいけない。

 だが、自分に一体何ができるというのだろう。

 ……堂々巡りだ。


 気付けば、朝の五時だった。

 カーテン越しにもうっすらと光が差しているのが分かる。

 早番の従業員は既に起きて、もう作業に取り掛かる頃だろう。

 結局一睡もできなかった。今頃になって眠気が頭の奥にきざしている。

 だが、今から寝たんじゃ二時間も寝れない。一限を寝過ごしたりなんかしたら大変だ。

 清彦は思い切って布団から起き上がった。

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