第13話 黒戸 紅の世界一の人〜後編〜

お兄ちゃん、黒戸くろと しろが入院していると聞かされた次の日、母が出かけたのを見計みはからい私は母の後をつけてお兄ちゃんのいる病院にたどり着いた。


母が病院の三階に上がり個室の病室にノックして入ったのを確認すると、私はしばらく病院関係者に怪しまれないようにその病室をチラチラと見ては様子を確認し、母が何か用事で部屋を出たすきを見計らい私は部屋に潜り込む。


部屋には色々な機材が置かれ、サイドテーブルに母が置いたであろう花が花瓶にいけられていた。


私は白お兄ちゃんが寝ていると思われるベットに近づき、その枕元を覗き込むとその姿に絶句した、そこに寝ているのはお兄ちゃんだが私の知っているお兄ちゃんの面影はなく、痩やせこけた顔に、うつろな目、目の下には濃いくまができ、ミイラと言われてもおかしくない状態だった。


「お……お兄ちゃん? 白お兄ちゃんだよね?」

寝ているだろう白お兄ちゃんに小さい声で私はベットから色々な精密器具が取り付けられている白に話しかけたが返事はない。


その時、廊下からこの部屋に向かって歩いてくる足音がしたので、私はとっさにベットの下に潜り隠れた、入ってきたのは二人で一人は母でもう一人は白衣を着た男性、担当医だろう、二人はとても厳しい表情で会話をしている。


「今のところ回復に向かってますが、どうしたらこんな状態になるのか、下手すると児童虐待と言われてもおかしくないですよお母さん」

担当医は母に厳しい口調で話しかけ、母は申し訳なさそうな表情で何度も頭を下げている。


「特に睡眠不足が凄いですね、何日間寝てないレベルじゃないですよ、何ヶ月って言ってもおかしくない、よくこれだけ寝てない状態でありながら精神が崩壊しなかった事が驚きです」

医者は厳しい中に、白の今の状態を驚いて話した。


「私が家の事を全て息子に任せていた事が原因で……特にもう一人子供がいまして妹なのですが、その子が引きこもりで、その子の面倒を全て息子に任せたばかりに……息子はたぶん自分の睡眠時間をその妹のために削っていたのかもしれません」

母は悲しそうな声で語った。


「そうですね息子さんはその妹さんの面倒を見る責任感で、アドレナリンやセロトニン、ドーパミンなどが異常なほど出ていて寝ずに行動できていたんでしょう、医者が家庭の事情にとやかく言うべきじゃありませんが、子供の事はちゃんと親がしっかり責任持って面倒見るべきですよ、特に引きこもりの子供がいるなら親が面倒を放棄してどうなります……その上その面倒ごとを子供に任せるなど、親として失格……!?」

担当医の先生が母に厳しく注意していると、医者の手を誰かが力強く握り出した。


「せ、先生……あまりかあさんを責めないであげて……母さんは何も悪くないんだ、僕が、僕がもっと丈夫じようぶ身体からだならこんな事にはならなかったし、妹が引きこもってる原因も僕にあるんだから、誰も悪くないんです……もし悪い奴がいるなら僕自身なんだから……」

医者の手を握り込む白の手はとても強く、とてもやつれて倒れた病人とは思えない強さだった。


「目が覚めたの……かね? しかしだね、君のその頑張りが今のこの状態をまねいているのだし……まぁ君本人がそう言うなら余計な事は言うまい、私も医者として君の体力を回復させる事に注力しよう」

医者は最初は納得いかない様子だったが、白のそのすみ切った目を見て、どんなに苦しい状態でも何かをしてる事にしあわせを感じている彼には余計な事なのだろうとさとった。


「まぁ今後は無理しない様にね、これは脅しじゃないが命を落としていてもおかしくない状態だった事はきもに命じておくんだよ」

そう言って医者は部屋を出て行った。




「……ごめんね母さん、僕のせいで色々迷惑かけて」

白は天井を見ながら、母に謝った。


「私の方こそごめんなさい……あなたに任せきりで、こんな状態になるまで気づいてあげられなくて」

母は涙を流して僕のお腹の上で顔を伏せて泣いている、白はそれをみて凄く嫌な……自身のせいでみんなが悲しい思いをしてる感じていた。


「……紅がね、最近とても楽しそうに交換日記を書くようになったんだよ」

白はそんな嫌な空気を変えようと、紅の最近の話を喋りだした。


「勉強も最初の頃に比べて凄いんだよ、勉強を教えてる僕なんかより頭いいんじゃないかな」


「……」


「それにね不器用ながらも毎日朝食作って、掃除、洗濯してくれてる事を感謝して、毎回『ありがとう』って書いてるんだ」


「もう……」


「最初は『死ね』とか「消えろ』って言ってきていたのにね」

白は淡々と紅の事を話し、母は何か言いたそうだったが白は紅の話を辞めない。


「もう! もう……いいから、もうあなたは自分の事をまず大事に思いなさい……」

母は白の話をさえぎる様に少し声を大きくして叫ぶ。


「いい……紅の事は母さんとお父さんとで一緒に考えるから、白は紅の事は忘れなさい……やっぱりあの子は施設に入れるべきだったのよ」

母は悲しい顔をした。


「そ……それはダメだよ、それじゃ誰も幸せになれないし、紅が……紅が可哀想だよ、僕が頑張るから……もう同じような事にならないようにするから……だ、だから紅を……紅の事を見捨てるような事だけはしないで、紅は……紅は沢山たくさんの人に裏切られ今はとてつもなく孤独で、色々な事に絶望してるんだけなんだよ、なのにまた……また僕達まで見捨てたら紅は一生……立ち直れなくなっちゃうよ! 今だって、僕がこうして入院してる間にもまた不安になり、また縮めた距離は離れてしまうんだよ……だから……だから先生に頼んで……明日には僕を退院出来るよう頼んでよ」

白は母さんに力強く母さんの手を握りしめててお願いした。


そして白はそう言うとベットから起き上がり、フラフラする足をなんとかこらえて、少し歩く事で母に自身が元気である事をアピールした、だがそんなフラフラな歩行を見て母は悲しい顔をして。


「退院は無理よ、でも一応自宅療養出来ないかは話してみるわ」

そう言って母は医者と話に行くと部屋を出た。


母が部屋のドアを閉め、それを見届けた白お兄ちゃんは我慢していたのか直ぐに力が抜け膝から崩れる様に荒い息をしながら胸を押さえて倒れ込む、それを見た私はベッドの下から直ぐに抜け出すと白お兄ちゃんに近づき細いうでで肩を抱え、華奢きゃしゃな体型ながら一生懸命に朦朧もうろうとしている白お兄ちゃんをベットに横にさせると私はお兄ちゃんの手を取り目に涙を浮かべ白お兄ちゃんの胸に顔を埋めた。


「ごめんなさい……こんなになるまで気づいてあげられなくて……ごめんなさいお兄ちゃん……わ、私何も知らなかった、知ろうともしなかった、お兄ちゃんがこんな状態になってるなんて……いつもいつも同じ家で一緒に暮らしていたのに……いつも私は自分の事ばかりで……もう……もう勉強とかいい……私お母さんに頼んで施設に入れてもらうように頼むから、お兄ちゃんにはもう迷惑かけられ……」

私が話し終わる前に、白お兄ちゃんは優しく手で私の頭を撫で。


「紅もお見舞い来てくれてたの? あ、ありがとうね……それに外出れるようになったの? 久々だね会うの……勉強はちゃんとしてる? しばらノート渡せなくてごめん、家帰ったら朝ご飯や、掃除洗濯もしなくちゃね、明日には家帰るからそしたらまたすぐにノート書いて渡すから……あ、あと、あと……僕はね一度だって迷惑なんて思った事ないから……だから紅は気にしないで、いつもの様にしてればいいから、そしていつか一緒に学校行けるように頑張ろうな……」

白お兄ちゃんは頭を撫でながら、手に力が抜けて静かな寝息をたてて眠りについた。


私はそんな寝てる白お兄ちゃんの顔を覗き込み、幸せそうな顔を見て。


「いつもありがとう……もうお兄ちゃんには迷惑をかけないから」

私は力強くそう言葉をこぼし、ほっぺにキスをした。


ーー

ーー

ーー


次の日、白お兄ちゃんは医者から自宅療養の許可がおり、家に帰ってきた。


私はすぐにお兄ちゃんの部屋に行き、お兄ちゃんの看病を私にやらせて欲しいとお母さん言い出て、お母さんにも「ごめんなさい」と謝り、お母さんに掃除、洗濯、料理を時間がある時に教えてもらった。


数週間が過ぎ、白お兄ちゃんは体調が回復して前のように元気になり、また学習要綱と交換日記のノートを書こうとしていた。


「もう……もうそれは要らない、時間がある時で良いから今度は直接お兄ちゃんが勉強教えてよ……ダメ?」

私はもじもじしながら顔を赤らめながらお兄ちゃんに頼んでみた。


「えっ!? あっ……うん分かった」

白お兄ちゃんは書きかけたノートを閉じ、少し寂しそうな表情をしながらもノートを見つめ、私の目を見て物凄く嬉しそうに、少し目に涙を浮かべて喜んだ。


「あと……あとね、私も今度学校に行こうと思うの……まだ怖いけど……」

私がそう言うとお兄ちゃんは嬉しそうな笑顔から、暖かく優しい笑顔で私の頭を撫でて、照れ臭そうに一言ひとこといった


「おかえり」


私は満面の笑顔で。


「ただいま!」と言いながら白お兄ちゃんに抱きつき。


私の世界一の人のぬくもりを身体全体で感じながら、お兄ちゃんの胸に顔を埋めて小さな声で……


「大好き!お兄ちゃん」

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