第8話 黒戸 白と沢村 礼子の始まり

誰だって物語の主人公に憧れた時が一度はあるだろう、カッコよく悪い奴を倒したり、困ってる人を颯爽さっそうと助けたり……


僕、黒戸 白もそんな事を考える一人の少年だ……


でも現実はそうはいかない、悪い奴を倒すにも、困ってる人を助けるにも、勇気や行動力……そして何よりも強い力が必要だった。


しかし子供の頃から対人関係が苦手で友達のいない僕にこれらの要素が有るとは到底思えないし、そもそも面倒事からは今までなるべく避けて生きてきた方の人種だ。


そんな僕に……そんな僕なんかに仲違なかたがいしていたはずの幼なじみの美希は、友達を助けてほしいと頼んできたのだ。


都合のいい話だと思う人もいるかもしれない、こんな時だけ僕に頼ってきて、良いように利用して、ほっとけばいいと思う人もいるだろう、何より僕が動いたところで何が出来るでもないし、その辺の男子より頼りないだろう。


でも……それでも仲違なかたがいしていたとはいえ、幼なじみが、美希が頼ってきた、僕達の約束を破ってでも、それだけの覚悟で僕に頼ってきた、それだけで嬉しかった、期待に応えて上げたかった。


そう、ただなにかをしてあげたかった……


それでも正直に言えば僕が行った所でそんな不良をどうにか出来るなんて思えない、だが美希からの要望は沢村さんを助けて欲しいと言う頼み事であって、その危険な不良を倒して欲しいではなかった、そう沢村さんが助かればいいのだ。


ーー

ーー

ーー


頭の中でそんな思考が巡っていた、周りで大勢の人が叫んだり、何かしらのサイレンの音が聞こえる。

(僕は何をしていたんだっけ……沢村さんを探していて……)


身体を動かそうとしても何故か言う事を聞かない。


「くろと……!」

遠くから僕の名前を呼ぶ女性の声がかすかに聞こえるが、声を出そうにも、とても息苦しく。


「おい君、大丈夫か!」

今度は男性の声で話しかけられた。


「君は被害者の知り合いかい? あとで詳しい話を聞きたいので一緒に同乗してもらえますか?」

「彼は……黒戸は大丈夫なんですか!?」

「今はとても危険な状態だから、急いで病院に搬送はんそうするから、とりあえず君も乗ってください」

なんの話をしているのか、僕のかたわらで男性と女性が会話をしている。


女性の方はかなり動揺した感じで話している。

僕は何か台車のような物に寝かされて運ばれている、彼女も付いてきているようだ。


(なにがなんだか分からないがなんか疲れた、色々と考えてもしょうがないか……)

すると一緒に同乗した女性がしばらくしてなにか呟きだした。


「ご、ごめんなさい……私のせいで……」

さっきの女性の声がする。


僕は重いまぶたを少し開け、女性の声がする方を見ると、綺麗なショートカットの金髪に、細い目をした女性が僕の横で、僕の手を握って悲しそうに泣いている。


「さ……さわ……さわむらさん?」

僕はおぼつかない滑舌かつぜつで彼女の名前を声に出すと、その声が聞こえたのか、彼女は驚いた顔で僕の方を見る。


「く、黒戸……!? 黒戸……!」

綺麗な顔を涙でくしゃくしゃにして僕の胸に顔をうずめてくる。


しばらく時間をおき、冷静に頭の中で今の状況を整理してみる。

(あ〜そうか、沢村さんを助けに行って、変な男になにか鋭利えいりな物で刺されていたんだっけ)


冷静になりすぎたか、なにか他人事のように自分の事を考えてしまった。


「さ、沢村さんは大丈夫? 怪我してない? ごめんね何もしてあげられなくて……」

そう言いかけた時、沢村さんは顔を上げ、涙でくしゃくしゃだった顔を強張こわばらせて、少し怒った口調で僕に言い放つ。


「バカ! な、なんで……なんでアンタが謝るのよ、私のせいで怪我したのに……」

「……ごめん」

僕は困った顔で愛想笑いしながら謝るほかなかった、普通に話してはいるが声を出すたび身体中に激痛が走る、でもそれを顔に出せば沢村さんはもっと責任を感じてしまうだろう。


「僕は……僕は大丈夫だから……」

激痛が襲うが僕は平然を装い、沢村さんに心配させまいと話しかけた時だ、急に目の前が真っ白になり、意識が遠くなっていった。


ーー

ーー

ーー


意識がなくなって数時間後、かすかに目を開け見える周りは色々な機器が置いてあり、身体中になんか色々なチューブが取り付けられて、消毒液臭い部屋に僕は横たわっていた。


(寝ていたのか……?)


少し離れた場所で男性と沢村さんがなにか話しているのが見えた。


「黒戸は、黒戸は大丈夫なんでしょうか?」

「う〜ん……なんとも言えないですね、相当ナイフで何度も刺されているし、出血も酷い、今は息をしている事が奇跡なぐらいだからね」

「そ、そんな……」

女性は男性が言ったことにショックを受けたのか、顔を手でおおい床に塞ふさぎこむ。


「わ、私の……私のせいだ……」

彼女はとても悲し声で、泣きじゃくりながら何度も誰に向かって言うでもなく「ごめんなさい」っとつぶやいている、それを見て僕の方がなんだか申し訳ない気持ちになると身体中に付いた機器やチューブを取り外し、まだヨタヨタで覚束《おぼつか)ない足取りで彼女の方に歩み寄り、顔伏せている彼女の肩に優しく手を乗せる。


「大丈夫だよ沢村さん、僕は……僕は、ほら元気だから、そんな責任感じないで」

まだ身体中は痛いが、精一杯の不慣れな笑顔で彼女に声をかける。


「く……黒戸? 生きてるの? 大丈夫……なの? ご、ごめんなさい」

沢村さんは僕の顔を見ると僕の胸の辺りに顔をうずめ、何度も謝る。


「ありがとう……黒戸」

あのクールでなんだか冷めた雰囲気のある沢村さんがボソッとお礼を言った。


「えっ……!? あ……あ……うん」

僕はそんな彼女の意外な行動に対し反応に困り、ただただ愛想笑いを浮かべ頷いた。



「な、何その反応」

彼女は泣きながら笑顔でそう揶揄《からか)うような、照れ隠しのような表情を浮かべ。


「あっはっは……」

僕は困った顔で頭を掻いていると。


「本当にありがとう」

なにか今まで抱えていた悩みが取れたような素敵な笑顔で僕の口にキスをした。


「えっ!? あ……えっーー!」

僕はその行動に思考回路が追いつかず、その場に呆然ぼうぜんと立ち尽くし。


「お・ま・じ・な・い! 早く治りますよーにって……初めてやるから効果あるか分からないけどね……」

彼女はほほを赤くしながら目を逸らしながら言った。


「ご……ごめん……じゃなくて、ありがとうって言ったらいいのかなこういう時は?」

僕は自分で何を言ってるのか分からないまま立ち尽くしてると。


「こちらこそ、ありがとう」

彼女は嬉しそうに部屋のドアの取っ手を掴み。


「私、先生呼んでくるね」

と言うと、ちょうどドアが開いて先生が現れた。


「んっ!? 気がついたのかね? あつ!? おいおいまだ立ち上がっちゃダメだ! しばらく安静にしてなきゃ危ないんだぞ」

先生が僕の方に駆け寄ると、僕をベットに寝かせ、外してしまった機器やチューブを付け直した。


「く、黒戸……また明日学校終わったらお見舞い……お見舞いにまた行くから、絶対行くから、だからまだ黒戸の事は心配だけど……今日はもう帰るね」

沢村さんはドアのところで僕に小さく手を振る。


僕は先生の死角から恥ずかしながら、沢村さんに向けて同じ様に小さく手を振り返した。


「ありがとう」か……こんな僕でもヒーローのように救えたのかな……

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