第27話
柔らかな曙光が浸透した、甘美なる空間にロクサーヌは
ふと、空虚な目を頭上に向ければ、赤く丸い、彼女の全身よりも大きな球があった。
「あれは……なんだっけ?」
ロクサーヌが行きたい、と望めば、身体はまるで糸で手繰られているかのようにその物体の傍へ浮遊した。
「籠手を……当てなきゃ……」
ロクサーヌの頭脳は理由を取りこぼした使命のみを想起し、右腕を伸ばした。
「ダメ!」
身体を覆う、懐かしい温もり。ロクサーヌはその抱擁に、正気を取り戻した。意識がはっきりした今では振り返らなくても後ろに誰が居るのか判る。忘れてはいけない人。ずっと励ましてくれた人。もう一度会いたかった人。
「フロネー……」
「また会えたね」
ロクサーヌが堪らず背後に顔を向けると、いつものフロネーが微笑んでいた。
「フロネー!」
ロクサーヌはフロネーの胸から漂う土臭さにも構うことなく、喜びの涙を注いだ。フロネーの洗いざらしたチュニックの色彩が、濃くなっていく。
何度も顔を擦りつける彼女を、フロネーは愛おしそうに抱きかかえた。
「死んだんじゃないかって、もう会えないって……辛かった!」
「ごめんね、ローシー。いっぱい心配かけちゃったね」
「フロネーがなんて言おうと絶対にお城に住まわせるから! もう一人でどっかに行かせないもん!」
「うん、そうする。……ねぇ、私も一ついいかな?」
フロネーの胸の中で「なに?」と答えるロクサーヌの声は籠っていた。
「ありがとう……ありがとう、ローシー。私を助けるって言ってくれて、救われた」
「それくらい何度でも言ってあげる。大好きなフロネーのためなんだもん」
フロネーは、これほどまでに晴れやかな気持ちでロクサーヌに内心を告げられることが久しく無かった。彼女を絆していた子弟のしがらみは長蛇が体を巻きついていたも同然で、いつ牙を剥くのかとほとほと恐れていた。
けれども今の自分ならば、とフロネーは決心し、ロクサーヌの涙を拭った。
「よし。感動の再開はひとまずお終いにしよう。私達にはやるべきことがまだ残ってる」
「……そういえば私、巨人に飲み込まれたんだった。フロネーもそうなの?」
「実はね。たぶんここは『
「じゃあ壊しちゃおうよ」ロクサーヌは『
「ううん、それはだめ。私達はコアと同化しているみたいだし、そんなことをしたら死んじゃう。まず抜け出さなきゃいけないんだけど……一つだけ方法がある」
フロネーはロクサーヌの武具を手に取って、装着した時と同じような、広げた両翼を模したような形に変形させた。
「この青の籠手は『
ローシー、難しいかもしれないけど、自分は硬い殻に守られているって想像して」
気の置けない親友の指示に素直に従い、ロクサーヌは目を閉じる。硬い殻……昔、図鑑で読んだ亀のようなものだろうか。身体を覆って、突然の衝撃にも守ってくれる盾。亀の甲羅を背負う自身の姿を想像すると、どこか滑稽で、くすっと笑ってしまった。
カチャリ。籠手がもとに戻る音が鳴り、フロネーは「もういいよ」とロクサーヌの肩を叩いた。
ロクサーヌは目を開けると、フロネーの目線の先、つまり自身の身体を見下ろした。
「すごい……甲冑?」
彼女がいつの間にか着装していたのは、ロクサーヌの矮躯の欠点を補うように、首から足先までを防備するプレートアーマーだった。紋呪の力で編まれた具足の白い地金は青の金属で縁取りがなされ、ロクサーヌが召していたドレス並みではないものの、貴人を連想させる意匠が精一杯彫り込まれている。そして胸部には、シンフォレシアのシンボルたる両翼を広げた神鳥の模様を誇っていた。
「ローシーの紋呪の流れを制御させてもらったよ。錬金術と合わせれば、こんな芸当だってできるのサ」
「ありがと。なんか勇気が溢れてきちゃった」
「どういたしまして。さて、これで準備は整った。そろそろ行こうか」
「わかった。お父さんだけじゃない。いろんな人達が命を投げ出してまで守ろうとしたこの国を、救おう」
ロクサーヌが決然とした意志を満腔に満たすと、全身に巡る紋呪の力が装甲の装飾を淡く光らせる。
「気概もばっちり。ローシー、一緒にシンフォレシアを勝ち取ろう」
ロクサーヌはフロネーと手をつないだまま、天へと掲げた籠手を思いっきり振り下ろし、空間を切り裂いた。
「———フロネー、飛ぶよ!」
「———ああ!」
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