晴れ間のような笑顔
そこまで言ってエレーナは下を向いてしまった。
膝の上で握り締めている手が小刻みに震えている。研究に参加しているとは言えど、エレーナはまだ17、8歳だ。彼女が抱えるのには衝撃的すぎる内容だろう。
「………だから……お願いです…。そういう指示があっても…断ってください…。お願いします…。」
震える声でエレーナはそう懇願した。
彼女の心の負担は想像に難くない。話を聞く限り、少なくともエレーナは反対しているのだろう。しかし、相手は騎士団の団長。団長としてリュードが指示を出されれば、逆らえない、逆らってもリュードの立場が危うくなると考えたのだろう。
エレーナとは何回か会っただけだが、彼女が優しい人間だということはよく分かる。リュードの顔の火傷痕を見ても、心配をして手当をしようとした人だ。”紅蓮の子”の噂を知らない人でも、リュードだと名乗らなくても、大抵は気味悪がられる。火傷痕を手当しようとした人はエレーナが初めてだ。
そんなエレーナだから、ジェイド団長のその提案に酷く心を痛めのだろうということもよく分かった。
「エレーナ様。」
「はい…。」
リュードが声を掛けてもエレーナは俯いたままだ。
「ご注告ありがとうございます。今の状態で防衛隊を去るわけにはまいりません。エレーナ様の恐れている事態にならないように努力いたします。」
エレーナの方を見てはっきりとそう告げた。
もし仮に、リュードが実験台になって山賊達にどのような薬が使われていたかが分かっても、その薬の出処が分からないのであれば防衛隊としての危険は変わらない。だとしたら、きちんと防衛隊隊長としてエミリオや後輩の騎士達を守らねば。
「エレーナ様……?」
それでも顔を上げないエレーナ。
リュードはエレーナの手を握ろうと手を伸ばしたが、途中で引っ込めてしまった。
自分の手の延長線上に見えたエレーナの美しい手。剣ダコやまめ、大小切り傷のついた自分の手。騎士としてそれは誇るべきことなのかもしれないが、リュードの手はそれ以上に汚れてはいけないもので汚れてしまっている。
ただ一瞬慰めるためと言えど、エレーナの手を握ってはいけない。そうリュードは思ったのだ。
「リュード様…。ありがとうございます。」
ゆっくり顔を上げたエレーナの目は少し赤らんでいる。ずっと泣くのを我慢していたのかもしれない。
「そうならないように私も頑張りますね!」
そう言って微笑んだエレーナは、曇天の晴れ間のように美しかった。
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