将来有望な研究者


 研究室までエレーナに付いていく。

 その道中でエレーナが口を開いた。



「リュード様は、今日は会議でこちらに?」


「ええ。会議のことをご存知だったのですか?」


「はい。以前に捕まった山賊の会議ですよね?父が慌ただしそうにしていましたし、私もその山賊のお薬の研究を手伝わせていただいているんです。」


「エレーナ様はそれでこちらに?」


「はい。」



 エミリオが前に「エレーナ嬢は父親に負けず劣らず聡明な方だっていう噂です!」と言っていたが、本当に聡明な方のようだ。ルペルは将来有望だと言っていたし。

 先を歩くエレーナが、突然思い出したかのようにリュードを振り返った。



「あ、そうだ。リュード様、この後お時間ございますか?」


「ええ、まあ。少しだけでしたら。」


「少しだけで構いません!山賊たちの使っていた薬のことで、リュード様に少しお聞きたいことがあって。」


「聞きたいことですか。申し訳ありませんが、薬のことは私には分かりません。」


「いや、そうではなく!戦った時の彼らの詳しい状況をお聞きしたかったのです。報告書も読ませていただきましたが、リュード様は最前線にいらっしゃったとお聞きしましたもので。」


「そういうことでしたら、お力になれると思います。ですが、報告書に不備がございましたでしょうか。」


「いえ!美しい報告書でした。研究にあたってもっと細かいことをお聞きしたいだけで、報告書には何の問題もありませんよ。」


「よかったです。では可能な限り、お力になります。」


「ありがとうございます。あ!研究室はここです。」



 エレーナがドアを開けて部屋に入る。

 リュードも続けて入るが、人っ子一人いない。



「お一人で研究を?」


「まさか!皆さんはあちらの部屋で実験でもしているのではないでしょうか。不用心だから鍵を閉めてって言ったのに。あ、リュード様。こちらにどうぞ。」



 そう言ってエレーナが椅子を差し出す。

 近くの机に持ってきた本を置き、リュードはそこへ座った。



「手短にすませますね。」


「はい。」



 エレーナも向かいに座ると、紙とペンを持ってリュードに質問を始めた。



「まず、涎を垂らしていたというのはどちらの感じだったでしょうか。唾液が絶え間なくあふれ出てきているのか、口のしまりが無いのか。」


「後者ですね。全員口が半開きだったように思います。」


「なるほど。では次に目が虚ろだったとありますが、焦点が合ってなかったですか?それともあまり瞼が開いていない状態だったのでしょうか?」


「焦点が合ってない状態でした。目も血走っていましたね。」


「血走る…。血走ったことで、白目の部分が真っ赤に染まっていたとかは…?」


「いえ、それはありません。ただ単に、血走っているという状況を想像していただければと思います。」


「分かりました。あと、肉体や身体能力の強化というのは具体的にはどのように?」


「そうですね。その体格ではありえない力が発揮されていたというか。痩せた体格の者も、うちの騎士と張り合えるくらいの力が出ていました。」


「見た目に分かりやすく、筋肉が発達していたとかは?」


「それは無かったように思いますね。」


「なるほど…。ありがとうございます。今聞きたいことは以上です。ご協力ありがとうございました。」


「いえ、お力になれれば幸いです。また、何かありましたら防衛隊のほうにご連絡ください。」


「ありがとうございます!本もここまで運んできていただいて、ありがとうございました。」



 そう言ってぺこりと頭を下げるエレーナ。



「エレーナ様、どうかお気になさらないでください。私は駐屯所に帰らねばなりませんので、これで失礼いたします。」



 リュードも一礼をして席を立った。



「はい。何から何までありがとうございました。」



 するとエレーナも席を立ち、リュードの後ろに付いてくる。

 どうやらドアまで見送ってくれるようだ。



「リュード様、どうかお気をつけて。」



 ドアまで来るとエレーナが心配そうな表情でそう言った。

 あんな事件があった後で、防衛隊隊長に掛ける言葉はそれしかないだろう。



「ありがとうございます。エレーナ様もどうぞお気をつけください。」



 リュードも素直に応えて、研究室を後にした。

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