本の隙間からこんにちは

「いいか、リュード。もう二度とあんなこと言うなよ。」


「ああ。もう言わない。」


「だといいんだが。はあ。」



 ルペルの長いため息とともにそのお説教は終わりを告げた。



「リュードはこのあとどうするんだ?」


「特に宮殿に予定もないから駐屯所に戻る。」


「そうか、玄関までの道は分かるな?」


「もう覚えてる。」


「あはは、すまんすまん。じゃあ、俺は反対方向だから。じゃあな、リュード。」


「ああ、また。ルペル。」



 そう言って二人は反対方向に歩き出した。


 リュードが一人で玄関まで歩いていると、たくさんの本を抱えた女性が前から歩いてきた。

 少しふらついていて危なっかしい。



「あの。大丈夫ですか?」



 放っておけず思わず声をかける。本の後ろからひょこっと顔を出したのは意外な人だった。



「はい。大丈夫です…。あらリュード様?」


「エレーナ様…。」


「わっ!?」



 その時エレーナの抱えていた本の上部が崩れた。本が落ちないように、体制を立て直そうとしたエレーナもよろけてしまう。

 リュードはすかさず落ちかけた本を片手で受け止め、抱えている本ごとエレーナを受け止める。

 片手しか空いていなかったので、エレーナを抱き止める形になってしまったのは許してほしい。それにエレーナが持っている本も落とすわけには行かなかったのだ。



「大丈夫ですか、エレーナ様。お怪我はございませんか?」



 リュードが声を掛けても、状況が理解できず目を白黒させるエレーナ。



「エレーナ様?」


「…あ、はい、あ、大丈夫です。すすすみません!」



 もう一度声を掛けるとようやく状況が理解できたらしい。少し顔を赤くしながら慌ててリュードから離れるエレーナ。



「お怪我はございませんか?」


「は、はい!大丈夫です。リュード様が助けてくださったおかげで。リュード様こそお怪我はございませんか?」


「私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」


「よかった。本当にありがとうございました。本もありがとうございます。」



 エレーナはリュードが受け止めた本を、抱えている本の上に積み重ねるよう目配せした。



「あの。この本はどこまで運ばれるおつもりでしょうか?」


「研究室に運ぼうとしていましたが…。」


「研究室。エレーナ様さえお嫌でなければ、私が本を運びましょう。」


「え?いやそんな悪いですよ!リュード様もお忙しい身でしょうし。」


「いえ、今日のところはもう駐屯所に帰るだけなのでお気になさらず。それにそんなに重たい本たちを抱えて、エレーナ様が階段を上り降りするのは危険ではありませんか。」



 周りを見渡してもそんなに人はいないし、このまま階段を上らせでもしたら怪我をしかねない。そう思ったリュードは言葉を重ねたのだった。



「そうかもしれません。では、お言葉に甘えさせていただいてもよろしいですか?」



 エレーナは少し考えた後、その提案を受け入れた。



「はい。もちろんです。」


「じゃあ、お願いします。」



 そう言って素直に本を差し出すエレーナ。

 リュードはそれを受け取ると、軽々と持ってしまった。



「…さすがですね。ありがとうございます、リュード様。」


「当たり前のことをしたまでですので、お気になさらないでください。」


「お優しいのですね。」


「?????」


「いえ、なんでもございません。では、研究室はこちらの方向です。」


「承知いたしました。」



 研究室までエレーナの半歩後ろに付いて、リュードは歩き出した。

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