夜の乾杯!!

 その夜。



「隊長!約束通り来ました!」



 エミリオが元気よくリュードの部屋のドアを叩く。



「元気だな…。」



 リュードが部屋のドアを開けると、グラスを持って満面の笑みを浮かべたエミリオがいた。

 もう片方の手にはおしゃれな便箋が握られている。

 リュードの視線に気付いたエミリオが口を開いた。



「はい!どうせ隊長、ろくな便箋持ってないだろうと思って、持ってきちゃいました!」

 傍から聞けば立派な悪口だが、事実である。リュードには文通する相手などいない。ろくな便箋を持ってないどころか、そもそも便箋など持ち合わせていないのだ。


「ありがとう、助かった。」


「だと思いましたよ!じゃあ、おじゃましまーす!」



 遠慮なく入り、部屋の真ん中を陣取って床に座るエミリオ。



「椅子に座ったらどうだ?」



 リュードが勧めてきたのは備え付けの仕事机の椅子だ。



「結構です!椅子はそれひとつしかないので、隊長が座ってください!隊長が座らないなら僕も絶対座らないです!」



 リュードの答えを見越してエミリオがここまで一息で喋った。



「分かった。」



 リュードは椅子を戻し、エミリオの隣へと座る。

 エミリオはいつの間にやら葡萄酒を開け、それぞれのグラスに注いでいた。



「じゃあ、隊長!乾杯しましょ、乾杯!」


「ああ。」


「乾杯!!」


「乾杯。」



 元気の良いエミリオから向けられたグラスに、自分のグラスを合わせれば、チンとかわいい音がした。

 口に含むと、口いっぱいに葡萄の味が広がる。濃厚な味わいだが、しつこくなく飲みやすい。



「うー――ん。これは良いものですね!」



 エミリオがグラスに入ったワインをしげしげと眺めながら言う。



「分かるのか?」


「まあ、多少は。それなりに値の張るものだと思いますよ。」


「そうか。」



 エミリオに言われてみても、普段あまり酒を飲まないリュードにとってはさっぱりだ。

 グラスに入った残りを呷ってみても、「美味しい。」としか思わない。



「あ、隊長!手紙!エレーナ様からの手紙読みました?」



 自分が持ってきた手元の便箋を見て、思い出したようにエミリオが問う。



「ああ、まだ読んでなかった。」


「僕は別に覗いたりしないので、今読んだらどうですか?お返事は早い方がいいでしょう?」


「そうだな。では読ませてもらう。」


「あ、僕ここでツマミ食べてるんで気にせずにゆっくり読んでください。」



 エミリオの手にはどこから出てきたのか、干し貝柱が握られている。



「食べるなら手を洗ったほうがいい。タオルはそこにあるものを使ってくれ。」


「はーい!」



 リュードは手を洗うように促しながら、手紙を読むべく仕事机に座った。


《ヴァルツ王国騎士団 第一番隊兼第二番隊隊長 リュード・ヴァンホーク様》


 と表に書かれた封筒をペーパーナイフで慎重に切り開く。

 中からは丁寧に折りたたまれた手紙が二枚出てきた。





 突然の手紙を差し上げる失礼をお許しください。

 私は先日王都の宮殿の庭で助けていただきました、エレーナ・ヨハネと申します。

 あの時は大切な制服までお貸しいただいたのに直接お返しできず、また直接お礼も伝えずに大変申し訳ありませんでした。

 お礼とお詫び申し上げたいと思い、お手紙を差し上げた次第でございます。先日は助けていただき、誠にありがとうございました。

 同封させていただきましたのは、領地の特産品の葡萄酒です。お礼になるかどうかわかりませんが、騎士団の皆さまにお楽しみいただければと思います。

 また、最後にお訊きしたいのですが、あの庭で押し花のしおりをお見かけにならなかったでしょうか?

 とても大切なもので、ずっとあの本に挟んで保管しておりました。

 大変厚かましいお願いではあるのですが、お心当たりございましたらご一報くださると幸いです。

 季節の変わり目、リュード様もお身体に気を付けてお過ごしください。

 

 かしこ

 エレーナ・ヨハネ





 リュードはここまで時間をかけて読み切ると目を瞑って天を仰いだ。

 普段から目を通している手紙といえば、事務連絡の手紙か報告書しかない。慣れない敬語ばかりの手紙を読んで、疲れるなというほうが無理である。



「たいちょー、読み終わりました?」



 読み終わったのを察したエミリオが声を掛けてくる。


「ああ。」


「どんなかんじのことが書いてありました?」


「お礼とお詫びが書いてあった。」


「あれ?あの葡萄酒はどっちですか?」


「ああ、お礼として送ってくださったそうだ。」


「そうなんですね。」


「それと、失くし物をされたらしい。」


「失くし物?」


「大切なものらしい。」


「うー-ん。騎士たちに絡まれた時に落としちゃったんですかね?それかそいつらが盗んじゃったとか。考えられなくはないですよね。」


「そうだな。明日ルペルに手紙を出そう。」


「そうですね!あ、エレーナ様への手紙はどうします?」


「葡萄酒のお礼がまず第一。それと、申し訳なく思う必要はないという旨をお伝えしたいんだが、それは差し出がましいだろうか。」


「いやいや!言い方を気を付ければ大丈夫ですよ。」


「そうか。ありがとう。」


「じゃあ、エレーナ様への手紙。書いちゃいましょうか!」


「ああ、よろしく頼む。」


「はい!ビシバシ行きますよ!」



 そう言ってリュードの前にどんっ!と置かれたのはメモ用紙。



「まずは文章から考えましょう、隊長!」



 エミリオはにっこりと笑みを浮かべているが、その目は全く笑っていない。

 ビシバシ行くというのは本当のようだ。



「ああ。まずは拝啓からか…。」



 エミリオの指導の下、リュードは何とかその日中に手紙を書きあげることが出来たのだった。

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