手合わせ

 宮殿を出て馬で一時間ほど南に走ったところにリュードたちの駐屯所はある。

 この国は宮殿のある王都を中心に東、南、西の三方に広がっている。

 王都の北側には山、その向こうには大きな川が流れ、西と東もそれぞれ山に囲まれ自然の要塞となっている。山が途切れた場所から壁が作られ、南に国の玄関口を設置した。まあ小さな国なので馬でなら一日で回ろうと思えば回れるのだが。

 リュードたちが駐屯所に着くと、訓練場で騎士たちが訓練をしていた。それを横目に見ながら厩舎に馬を置きにいく。

「みんなちゃんとやってましたね!訓練!」

「そうだな。」

 何人かサボる者もいるだろうと思っていたが、リュードが駐屯所を出る際言い残してきた指示通りしっかり訓練をしていたようだ。

「隊長、忘れてませんよね!僕と手合わせしてください!」

「ああ、もちろん。だがその前に着替えなくては。」

 エミリオの発言にリュードは互いの白い制服を差して答えた。

「あ!そうですね!先に訓練場で待ってますね、隊長!」

 そう言うとエミリオは寮へと走って行ってしまった。

「走るな…。」

 リュードはその背中に声を掛けたが、もう遅かったようだ。

 そのまま自身も急いで寮へと向かった。

 リュードは自室に着くとまず、自身の数少ない荷物の中に先ほどの手紙を丁寧に仕舞いこんだ。人から直接感謝を向けられることは滅多に無い。リュードは特に。この小さな手紙を大切に持っていても罰は当たらないだろう、そう考えたのだ。

 そこからのリュードは速かった。腰の剣を壁に立てかけ、式典用の制帽と制服を脱ぎ、畳み、いつもの防衛隊の制服に袖を通す。あっという間に着終わると、左眼の当て布を取り去って防衛隊の制帽を被った。当て布も畳んで式典用の制服と一緒に置いておく。左眼の視力に特に問題はないし、視野が広い方が良いので、日頃は当て布などしていないのだ。

 最後に腰に剣を戻し、エミリオと手合わせをするべく部屋を後にする。

 リュードが訓練場に着くと発言の通り、エミリオが待っていた。

「待たせたか、エミリオ。」

「いいえ!待ってませんよ、隊長!」

「それならいいんだが…。」

「早くやりましょ!皆に言ったら場所作ってくれたんですよ!その代わり、見学してもいいですかって。」

 確かに、エミリオの後ろの地面には手合わせをするとき用の円が書かれていた。

 エミリオは明るく口が達者で、快活な人間である。その上、騎士団に入った時から剣をリュードに習っているために、この防衛隊ではリュードに次ぐ実力を持っており、防衛隊の騎士たちからは慕われていた。本人にその自覚はあまり無いようだが。

「休憩がてら見学したい者は見学して構わない。興味の無い者はそのまま訓練の続きを。」

「「「「「はい!」」」」」

 リュードが指示を出すと皆勢いよく返事をした。興味の無い者は見なくても良いと言ったが、皆そのまま円の周りから動かない。リュードの剣術は騎士団一だ。いくらリュード・ヴァンホークの名を恐れていても、その剣術を間近で見られる機会をそうそう逃がしたりはしないだろう。

「隊長、一本先取でいいですか?」

「ああ。」

 エミリオにルールを確認され、二人で「よろしくお願いします。」と簡易的な道場である円に挨拶しながら中に入る。二人とも真剣なのはきちんと寸止め出来る実力があるからだ。

「あ、そこの君!そうそうセリヤ君、はじめの合図だけしてもらえる?はじめって言うだけでいいから。」

「え、あ、しょ承知しました!」

「「ありがとう。」」

 二人で礼を言うと少年はガチガチに固まってしまった。

 エミリオとリュードはそれぞれ位置に付き、今度はお互いに「よろしくお願いします。」と挨拶をすると、剣を構えた。

「セリヤ君、よろしく。」

 エミリオがそう促すとセリヤ少年は緊張しながら口を開いた。

「では、参ります。はじめ!!!」

 ガキンッ!

 剣と剣がぶつかる。やはり機動がいいのはリュードのほうだ。リュードからの剣をエミリオが受け止めている。しばらくそのままかと思われたが、エミリオはすぐさまリュードの剣を跳ね返し、後退して体勢を整えて剣を振りかぶった。リュードは最小限の動きでそれをいなしているが、上背のあるエミリオから繰り出される剣は威力があり、リュードはどんどん後退していく。そうするとエミリオがリュードを円の淵に追い詰めた。

「取った…!」

 とエミリオがリュードの腹に向かって剣を突こうとすると、リュードの剣がそれを阻んだ。

 エミリオの勢いを使ってそのまま剣を弾き飛ばす。リュードはエミリオの空いた右手首を掴みぐっと自らのほうに寄せ、喉元に剣を突き付けた。

「…参りました。」

 エミリオが降参すると、リュードは掴んでいた右手首をパッと離して自分の剣を仕舞った。そしてツカツカと自分が弾き飛ばしたエミリオの剣に歩み寄る。剣を拾ってエミリオのもとまで来ると、刃こぼれがないか一通り確認してからそれを差し出した。

「手首、痛めてないか?」

 剣を差し出すと同時にエミリオに怪我がないか確認する。怪我をしないように注意はしているが、それでも万が一ということがあるからだ。

「あ、はい。大丈夫です!」

「そうか。良かった。さあ、訓練に戻ろう。」

 リュードが少し声を張り上げて指示を出すと、皆ざわざわとしながらも訓練に戻っていく。

 リュードは地面に書かれた円を消そうと訓練場の端にある器具庫まで、道具を取りに向かった。するとエミリオが追いかけてきて小声でこう言った。

「隊長、さっきわざと僕に攻撃させてましたよね。」

「ん?」

「僕が気付かないとでも思ったんですか?何年隊長の剣を見てると思ってるんです?」

 リュードに加減されたことにエミリオは少々ご立腹のようだ。

「すまない、エミリオ。加減をしたつもりは無かった。剣筋が見たくて。だが、気を悪くしたのなら謝る。すまなかった。」

 歩きながらリュードがそう答えるとエミリオは安堵したのか大きく息を吐いた。

「っはああああ。なんだそういうことか。まともに取り合ってもらえてないのかなってちょっと不安になっちゃったんですよ。それにちょっと成長したから隊長に本気だしてもらえるかなって思ってたのに。僕もまだまだですね。」

 隣で肩を落とすエミリオにリュードは彼の成長した点を述べた。

「そんなことはない。以前よりも無駄な動きが削れてるうえに、より力を載せられるようになってる。それに鍔迫り合いになった時、すぐにそれを回避するという判断をしたのは良かった。」

「だって、鍔迫り合いになったら隊長に勝てないですもん!」

 隊長ほど馬鹿力じゃないし、という言葉は聞かなかったことにする。

「最後の突きの判断も良かったな。」

「良かったっていう割には防がれましたけど。」

「予備動作がな。それに切り替えと突くスピードが少し遅い。」

「全部じゃないですかそれ!もっと鍛えます…。」

「きちんと成長している。焦らずとも大丈夫だ。」

「この状態でそんなこと言われてもなああああああ!」

「流れからの突きの練習をしてみたらどうだろ「はい!それやります!めっちゃやります!絶対に隊長に本気出させてみせますからね!」」

 エミリオがその勢いのまま器具庫をあけると、大量の砂埃が舞い二人は仲良く咳込んだ。

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