赤いツツジの花が咲く
蚕
第1話
朝の電車は混む。冬になると皆重ね着するせいか、余計に息苦しさが増す気がする。これでも混雑を避けようとしているつもりなのだが、多少早く学生寮を出たくらいでは誤差のようなものなのだろうか。
同じ地下鉄を使っている寮生はいなさそうだ。朝練に行く生徒とSHRに余裕をもって到着できる時間の合間くらいの電車に乗っているので、鉢合わせることはない。
入学してからもうすぐ一年、クラスメイトとも大分打ち解けたが、他のクラスの友達は少ない。しかし、顔や名前は知らなくても制服かジャージを着ていれば同じ高校に通っていることは分かる。一対一であれば問題ないが、向こうが多数であれば何となく気まずい。顔は知ってるけど、名前はうろ覚えで、そこまで親しくもない奴とかだと変に意識してしまう。そいつが俺とは違う人種、つまり陽キャの部類であれば変に絡まれるかもしれないという緊張でなおさら。
いつもはそんな感じで、停止する駅ごとに同じ制服を着た奴が入ってこないか気にしながら登校している。しかし今日は違う。なぜか、さっきから臀部に違和感を感じる。はっきり言ってしまえば、誰かから尻を触られているのだ。
地下鉄は真っ暗で、ガラスに反射して俺の後ろにいる男が目に入った。さっきから俺の尻を触っているのは、平凡な顔立ちのスーツを着た男だ。眼鏡をかけていて、やや太り気味。少し前髪の生え際が寂しい気がする。
痴漢、だろうか。俺の髪型は散髪代をケチっているために髪が伸び、校則アウト寄りのセーフ。寝ぐせ防止のため、隣の部屋の寮生から格安で譲ってもらったドライヤーで乾かしているため、髪の艶はいい。よって後ろ姿だけであれば、女子に見えないこともないかもしれない。
服装で気づけよ、とも思うがLGBTの配慮などの理由から高校ではスラックスかスカートかを選択できる。動きやすいという理由でスラックスを履いている女子も少なからずいるため、スラックスを履いた女子と勘違いしているのかもしれない。
そういえばこういうシチュエーションをどこかで見た気がするなと記憶をたどれば、前に見たエロ漫画だったような気がする。金髪巨乳の留学生がホームステイにやってきて、一緒に登校していたら痴漢に会うのだ。助けようとしても満員電車の中ではうまく動けず……そう、あれは確かNTRものだった。
いや、まだ付き合う前ではないからNTRとは違うだろうか。
「……っ!」
うわっ、気持ち悪っ。今までの触り方が様子見というか、電車の揺れで当たっちゃいましたという言い訳が通用するレベルだったのが、急に露骨になりつつある。
俺の降りる駅はあと二駅ほどで到着する。毎日この電車を利用しているのなら、高校生がどこで下りるか知っていてもおかしくない。というか、駅名が『柊高校前』なのだから、気づかない方が馬鹿だろう。つまり、大人しい
ガラスに映る俺の顔と目が合う。童顔、身長はあまり高くない。髪は耳の下くらいまで伸び、キノコの傘のような髪型だ。こう見ると、着痩せしたJKと言われればそう見えるかもしれない。納得はしても同意はしないが。
この顔で睨みつけても迫力はなさそうだ。少し上に視線をずらし、鏡越しに男を観察する。小太り気味で、中年と言われれば首をかしげるくらいの年齢。若干、前髪の生え際が心もとない気がする。
なんにせよ、望まない相手から欲を向けられるというのは生理的嫌悪につながるんだなと思う。これがイケメンだったら違ってくるのだろうか。目に入った電車内の広告には、俳優が炭酸飲料を持ち、爽やかな笑顔を浮かべてこちらを見ている。
『柊高校前』まで残り一駅。
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