第30話「密会」



 翌朝、ホテルのレストランで朝食を食べた。朝からビュッフェ形式の豪華な食事で、旅の華やかな雰囲気を崩さない。今日は熱海近辺の様々な観光スポットを巡るのだ。朝食を食べながら、みんなで巡る順番を軽く確認する。


「ん?」

「どうしたの?」

「電話……ごめん、ちょっと……」


 すると、志乃さんのバッグの中で、彼女のスマフォがバイブした。誰かから電話がかかってきたらしい。電話に出るために、志乃さんはレストランの外へと出ていく。




「なぁなぁ、優樹君って志乃のこと、どう思っとるん?」

「え!?」

 

 僕のフォークに刺さったニンジンが、ポロッと皿の上に落ちる。志乃さんがいない間に、星羅さんは唐突に僕に尋ねてきた。女子の大好物である恋バナは、何の前触れもなく唐突に放たれるものらしい。どう思っているとは、当然、彼女のことを異性として意識しているかどうかということだ。


「どうって……大切な友達だよ」

「そうなんやけど! まあ、そうなんやけど! そうやないやろ!!!」

「急に何なの!」


 星羅さんの複雑な思考回路に困惑する僕。昨日、サウナで照也君にも同じことを聞かれたが、星羅さんも同様に気になっているようだ。

 今までまともな交友関係を築いてこなかった志乃さんと、僕は驚異的な行動力で初めて奇跡的に打ち解けている。その事実に無駄にときめいたのか、星羅さんは僕らの間にうら若き恋模様を期待してしまっているのだろう。


「付き合いたいとかは考えねぇのか?」

「せやせや! お似合いやで!」

「無理だよ……だって……」


 別に、僕だって志乃さんに対して“そういう”感情を抱く気が一切ないわけではない。だが、呪いの存在が弊害となっている間は、実質不可能だ。彼女とは友人の関係であると割りきっている。

 その中には、死への恐怖が確かに存在する。一線を越えた先は、三途の川である。

志乃さん自身も色恋とは無縁の人生を送らざるを得ない。自由気ままに相手に愛想を振り撒き、死者を続出させるわけにはいかないのだ。


「なぁ、なんか、避けてる感じせぇへん?」

「え?」

「だって優樹君、頑なに志乃との関係否定するやん」

「何かあるのか?」

「えっと……」


 僕はその先の言葉を失う。照也君と星羅さんには、志乃さんの呪いの存在を未だに打ち明けていない。志乃さんの許可なしに教えることができないのももちろんだけど、志乃さんの苦悩を二人にも抱え込ませたくないという理由もある。

 二人を信用していないわけではない。二人は僕が最も信頼の置ける親友だ。でも、僕ですら志乃さんと関係を続けるのは大変なのに、二人に面倒をかけるのは更に申し訳ない。


「それは……」






「みんな、ごめん」


 沈黙を切り裂くように、志乃さんの声が割り込んできた。電話を終えて戻ってきたようだ。彼女は申し訳なさそうに眉をひそめていた。


「ちょっと用事ができた」







「それじゃあ、夜までには戻るから。終わったら連絡する」

「うん……」


 志乃さんは用事があると言い、一人だけ僕達とは別行動をすることになった。志乃さんは僕達とホテルのフロントで分かれる。小さな肩掛けバッグだけを手に、彼女は遠ざかっていく。僕達は風になびく彼女の紺色の長髪を眺める。


「……ほな、追跡頼むで」

「え?」

「優樹君に任せたわ」

「えぇぇ!?」


 星羅さんは僕の肩に手を乗せる。いくら人付き合いの苦手な志乃さんであっても、友人達との旅行の最中に、唐突にわざわざ別行動をとり始めるのは不自然だと、僕でも感じる。星羅さんは僕以上に不審感を抱いているようだ。


 だからって、なんで僕一人で……。


「志乃ったら、優樹君っちゅう男がおりながら……」

「いやいや、僕達付き合ってないから……」


 僕は星羅さんの発言に呆れる。自分が志乃と恋仲にあることを決めつけられると、余計に彼女のことを意識してしまうではないか。死期を近付けられているような気がして、恐ろしくて堪らない。


「ほな、よろしくな~。私らはアジのたたき食ってくるわ~」

「えっ、ちょっと! ズルいよ!」


 星羅さんは照也君と共に、バス停へと歩き出す。とはいえ、僕も正直なぜ志乃さんが単独行動を始めたのかが気になる。仕方なく彼女を尾行することにした。

 星羅さんの企みとはいえ、見つかるとその場で問い詰められるのは僕だ。物陰に隠れながら、背後からこっそりと付いていく。これでは完全にストーカーである。罪悪感で足取りが重くなる。




「志乃さん、どこに行くつもりだ?」


 僕はひたすら志乃の行く道を辿った。5,6分程経っただろうか。辿り着いた先は、熱海サンビーチの隣の親水公園だった。朝10時の時点で、既に観光客が数十組まばらに散らばって歩いていた。

 志乃さんはムーンテラスへと歩いて行った。彼女は鳥が翼を広げたモニュメントの前に立ち、スマフォを取り出す。画面だけ見てすぐにバッグにしまった。どうやら時間を確認しているようだ。僕は離れた位置から、植木の影に隠れながら眺める。


「もしかして……待ち合わせ?」


 僕の頭には、自然とその言葉が浮かび上がった。友人との名所観光そっちのけで、何者かと旅先で待ち合わせを計画している。恐らく、先程レストランでかかってきた電話の相手を待っているのだろう。僕達との観光よりも優先する待ち合わせ相手とは、一体誰なのだろうか。


「一体……誰と……」






「志乃ちゃ~ん、お待たせ~」


 すると、どこからか陽気な男性の声が聞こえた。志乃さんが向けた視線の先には、小走りで彼女へと近付いていく一人の男性がいた。カジュアルな黒シャツを着ており、茶髪の中年男性だった。


織田おださん」

「ごめんね~、友達と旅行中だってのに」

「大丈夫ですよ。今日しか都合が合わないんですよね」


 何だ何だ? 男性は志乃さんと親しげに言葉を交わす。見るからに馴れ馴れしい態度の男性と、志乃さんは嫌気を見せずに話す。知り合いだろうか。だとしても、人付き合いを避けてきた彼女が、友人には内緒で歳の離れた中年男性と密かに会うとは、僕には信じがたい事実だった。


「誰だあの人……まっ、まさか、志乃さん……ああいう大人の男がタイプなの!?」


 決して志乃さんのことをそういう目で見ているつもりはない。だが、散々星羅さんにからかわれた後であり、無意識に思考が色恋の方向へと傾いている。だが、動揺してしまうのも無理はない。女子高生と中年男性が密会など、パパ活を疑われても仕方ない光景だ。


「それで、何の用ですか?」

「実は、君に渡したいものがあって……」


 男性は肩にかけたショルダーバッグから、何かを取り出そうとしていた。このシチュエーション……どこかで見たことあるぞ。


 そうだ、姉さんとよく見る韓国ドラマだ。僕は先日のドラマの主人公の姿を思い返す。夜に恋人を呼び出し、ポケットから婚約指輪を差し出してプロポーズする。そのシチュエーションと酷似しており、僕は禁断の恋の予感と危機感を抱いた。


 ま、まさか……志乃さんにプロポーズ!?

こんな真っ昼間に!?






「ダ、ダメだよ!!!」

「え?」


 僕は慌てて二人の前に飛び出してしまった。物を渡す男性の手が寸前で止められた。


「優樹君……どうしてここに……」

「えっと、志乃さんがどこに行くのか気になって……」

「悪趣味ね」


 志乃さんにジト目を向けられた。違うんだ……自分でも正直気になっていたけど、元はと言えば星羅さんが僕に後を付けるよう強制したんだ。僕は心の中で尾行を押し付けてきた星羅さんに文句を言う。


「そんなことより! 誰なのその人! ま、まさか、また志乃さんに好意を寄せる人が……」


 僕が飛び出したのは男性の身を案じたからでもある。今まで志乃さんに恋心を抱いたせいで、呪いで命を落とした人達を数多く見てきた。だとしたら、今回も確実にこの男性は悲劇に見舞われる。若干嫉妬心も含まれてはいるが、僕は男性の恋心を止めるために飛び出したのた。




「優樹君、この人は違うわ。そういうのじゃないから」

「え?」

「ああ、彼、事情を知ってる人? 流石に僕と志乃ちゃんじゃ歳が離れすぎてるからねぇ」


 男性は屈託ない笑顔を見せる。え、違うの? 僕の早とちり?


「それに、僕は死なないよ。というか、死ねないんだ」

「死ねない……?」






「僕も、呪われてるからね」


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