第27話「スパワールド」
「ふぅ……」
「たまらんわぁ……」
驚いたことに、露天風呂からも見事な海を見渡すことができた。私ら星羅お美しい風景を眺めながら湯船に浸かっている。髪が湯に浸かって痛まないように、私達は髪を結い上げている。普段は見えないうなじが眩しく輝いている。流石、クラスでもそこそこ交友関係が深い星羅は、たくましい体つきだ。
「志乃、あんた意外と立派なもん持っとるなぁ」
「急に何?」
唐突に星羅が私の胸元にいやらしい視線を向けてきた。変態男を憑依させたような少々不気味なにやけ顔だ。女子高生がするとどうなのかと思う表情だった。
自分で言うのも何だけど、確かに私の胸の膨らみは、上からタオルを巻いていても分かるほどの大きさだ。いわゆる、着痩せするタイプというやつだろうか。激しく主張する私の胸を、星羅は羨ましそうに見つめる。別に星羅だって小さい部類には入らないと思う。
「ちょっと触らせてもらうで!」
「ひゃっ///」
「はは~ん、あんたも可愛い声出るんやな~」
「ちょ、ちょっと! やめなさいよ!///」
私の抵抗をよそに、星羅はいやらしい手つきで私の胸をもみくしゃにしてきた。強引にタオルを取っ払い、調子に乗って体中を触りまくる。他の入浴客だって、気まずくなって室内に戻っていく。星羅のせいで思わず変な声を聞かれてしまった。恥ずかしいったらありゃしない。
「もう……///」
「ふふふ……可愛いところあるやん♪」
「うーん……志乃さんの身に何かよからぬことが起きているような気がする……もう出ていい?」
「テキトーに理由付けるな。まだ10分経ってないぞ」
僕と照也君はサウナルームでひたすら汗を流していた。周りではむさ苦しい男達が腰にタオルをかけ、仏のような重々しい表情で固まりながら、並んで座っている。実は僕はサウナは密かに毛嫌いしていて、あまり楽しんだことはない。裸で暑苦しい空間に籠るのはどうも苦手だ。
「そもそもサウナって何のためにあるの?」
「毛穴から無駄なもんを出すためらしいぞ」
サウナは高温多湿の室内に留まり、熱の効果で汗腺を開き、発汗して毛穴から老廃物を排出する仕組みらしい。十分熱された部屋で10分前後暖まり、水風呂に入る。そして、外気浴で体を休める。一連の流れによって得る快感が、いわゆる「ととのう」というものだ。
「体にいいかもしれないけど、ちょっとキツいよ……」
「若いうちから健康には気を遣わねぇとな。でないと女にモテねぇぞ」
「そ、そう……」
突然として恋愛観に話が傾き始め、僕の濡れた羽根っ毛がピクンと反応する。汗まみれの火照った顔で語り始めたため、余計に落差を感じる。普段色恋の話から全速力で距離を置くほど、全く関心を示さない照也君。そんな彼から話が切り出されることが意外だった。
「照也君は好きな人いるの?」
「片桐佳代子さん」
「そうじゃなくて! 異性として好きな人ってこと!」
相変わらずの熟女好きをかます照也君。予想通りと言えば予想通りの反応だ。話を方向転換させたのは照也君だけど、彼に恋バナの舵を取らせようものなら、タイタニックも出港直後に沈没する。
「今はいねぇけど、いつか出会いたいとは思ってる」
「意外だね。照也君もそういうこと思うんだ」
「まぁ、最近な……」
照也君は意味深な表情で僕を見つめる。僕が志乃さんと関わりを持とうとする姿を見て、未知の要素を多分に含んだ「異性」や「恋」という事柄に、必然的に目を寄せるようになったのかもしれない。
自分が誰かと結ばれたいという感情はまだ薄いだろうけど、誰かを好きになることに対しては、僅かなりとも魅力は感じているようだ。
「そういうお前はどうなんだ?」
「へ?」
「優樹は志乃のこと、どう思ってんだよ」
「し、志乃さん!?」
唐突に聞かれて、汗が3,4滴床にしたたり落ちた。恋愛の話題ともなれば、その場にいる一人ずつが好意を寄せる人の存在を明かすことが必然的だろう。だけど、照也君は名前を聞き出す過程をすっ飛ばし、話を進めた。僕が志乃さんに好意を持っていることを前提に尋ねる。
「な、なんで志乃さんなの……」
「お前があそこまで志乃に関わろうとするのは、つまりそういうことだろ?」
「ちっ、ちちち違うよ! べ、別にそういうのじゃないから!///」
僕はあからさまに動揺しながらも訂正する。志乃さんと結ばれることは、即ち死を意味する。残酷な運命だが、僕はそれを受け入れた上で彼女と関係を築いている。
友達日記をしたためていることから、彼女との関係はあくまで「友達」だ。今まで何度も自分にそう言い聞かせてきた。よって、今日まで生き延びているのだ。
「僕と志乃さんはあくまで友達として仲良くしてるわけだから! それに、まだ死にたくないもん!」
「は?」
「あ、いや……」
「死にたくない」というフレーズに引っかかる照也君。今の恋バナとは何の脈絡もない発言に困惑している。彼と星羅さんは志乃さんの呪いの存在をまだ打ち明けていないんだった。事情を話したいのは山々だけど、彼女の許可なしにペラペラ秘密を明かすわけにはいかない。
「と、とにかく! 僕みたいなちゃらんぽらんな男なんかが、志乃さんみたいな高嶺の花と釣り合わうわけないよ! だから今は友達のままでいた方が……」
「ふーん……」
照也君は何を悟ったような表情を浮かべる。確かに志乃さんは世の男が喉から手が出るほど、恋人にしたくてたまらない美しい女の子だけど、彼女にかけられた呪いが実に厄介な障壁だ。呪いがある限り、彼女と結ばれたいなんて浮わついた欲望を抱えることなんてできない。
だから今は、友達のままでいるのが正解なんだ。いつか志乃さんが思う存分恋愛を楽しめるようになるその日まで、僕がそばで支えてあげる。今はそれで十分……なはず。
僕らは浴場から出て岩盤浴着に着替えた。ネオ・ファンタスティックリゾート・アタミの魅力は、露天風呂だけに留まらない。このホテルには「スパワールド・ホットエデン」という、様々な種類のサウナや岩盤浴が楽しめる施設が併設されている。入浴客は最高の癒しの一時を味わうことができるのだ。
「ここここ! このスパワールドに来たかったんや♪」
「岩盤浴なら僕でも平気だね」
「お前の中の基準が分かんねぇよ……」
岩盤浴エリアは男女混浴であり、受付で貸し出されている岩盤浴着を着用することが義務付けられている。
「お待たせ」
「志乃さん……///」
志乃さんがトイレから戻ってきた。入浴後の艶々しい志乃さんの髪と、潤った白い肌が目に映る。綺麗な長髪を後ろにまとめていて、無駄にうなじが色気を放っている。変な気が起きないうちに、僕はすぐさま鞄の中から御守りを取り出し、例の儀式を行う。
「志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは友達志乃さんは……」
「だからそれ何なんだよ!」
御守りを握りしめながら、迫真の表情でブツブツと呟くため、周りから異常な客として見られることだろう。案の定照也君につっこまれた。
僕達は「竜宮」と呼ばれる部屋へと入る。そこは青色を基調とした岩盤浴で、海底をイメージしてデザインされているようだ。所々に水槽が設置されており、熱帯魚が悠々と泳いでいる。海底の静かな雰囲気と水の安らかな揺らぎを、心地よい室温の中で楽しむことができる。
「ふぅ……」
「なんやここ……気持ちよすぎやろ……」
「そうね……」
「まるで天国にいるみたいだ……」
僕達は一人一人横になれるタイルに寝そべり、目を閉じる。岩盤浴はサウナよりも比較的低温に設定されており、適度なリラックス効果が期待できる。適温の空気に抱かれ、まるで一瞬にして全身マッサージを受けた後のような心地よさに包まれる。サウナが苦手な僕でも安心して楽しむことができる。
「あれ……あそこにいるのは……おじいちゃ……」
「おい、死ぬな」
あまりの心地よさに、つい冗談を言ってしまいたくなる。岩盤浴では、旅の仲間と楽しむ何気ない会話、旅の疲れを癒すまどろみ、ありとあらゆる全てが快感となる。室内には僕達四人しかおらず、他の客は別の部屋で温まっている。他の客の存在を忘れてしまうほど快適な空間だった。
「今どれくらい経った?」
「7,8分くらいやな。あと10分くらいは入っといた方がええで」
岩盤浴はまず5~10分程度うつ伏せの状態で温まり、その後再び10分程度仰向けで温まる。そして外に出て休憩を取る。これを一セットとし、三セットほど繰り返すことで、デトックス効果を実感することができる。その辺はサウナと楽しみ方が似ている。
「私寝るから10分経ったら起こして~」
「僕も寝る~」
「おいおい」
ずっとここに住みたいと思ってしまうほどの快感だった。
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