第26話「熱海旅行」



「ほな、行くで~」

「お~!」


 志乃さんの三日分のコーデを揃えて購入し、僕達は越河駅から電車に乗った。行き先は熱海。在来線と新幹線を駆使して、約2時間は要する。今まで照也君達との旅行は近場がほとんどだった。家族とはよく旅行に行っていたけと、友達との遠出は今回が初めてだ。

 それに、今回はメンバーに志乃さんが加わっている。彼女と共に多くの初めてを経験することができて、ついつい心が浮かれてしまう。


 ……別に卑猥な意味ではないからね。


「それにしても、宿泊費出してもらえてよかったね~」


 緩やかな電車の揺れに心地よさを感じながら、僕達は泉さんに感謝する。実は尾崎村を後にしたあの日、泉さんと連絡先を交換してもらった。元々洗濯のために預けたジャケットを返してもらうために、いつでも連絡できるよう交換したのだ。

 そして、旅行の計画がだいぶ進んで宿泊場所を探していたある日、彼女の使用人の辰夫さんが電話をくれた。なんと、熱海で人気の高級ホテルを予約してくれるという。しかも、宿泊費は宇累家が四人分全額負担してくれた。


「ネットで口コミ見てみたんやけど、ネオ・ファンタスティックリゾートってかなり評判ええらしいなぁ。星4.8やって!」


 大層太っ腹なことをしてくれるお婆さんだ。辰夫さんの話では、僕らが宿泊するホテルの経営に、宇累家が密かに資金援助をしているのだとか。唐突にお金持ちの知り合いができて、こんなにも都合よく旅行を楽しむことができて、逆に何だか怖い。ありがたい話ではあるんだけど。


「そんな凄いところに泊まれるんだね! 楽しみ!」

「その泉って婆さん、何者だ……?」


 照也君は知らないだろうなぁ。その得体の知れない金持ちお婆さんが、自分が熱烈に応援している熟女モデルである加代子さんの正体だなんて。彼女から貰ったサインは、まだ照也君には渡していない。いざという時のために、彼に何でも言うことを聞いてもらうチャンスは大事に取っておくとしよう。


「楽しみだね、志乃さん!」

「そうね」






 適宜乗り換えをしながら電車に揺られること、実に約2時間。そろそろしりとりも人狼もジェスチャーゲームも飽きてきた頃だ。


「あっ、海や!」

「ほんとだ! 凄い!」


 いつの間にか、窓の景色に広大な海が広がるようになった。退屈で死にそうな僕らのために、堪能してくれと言わんばかりの美しさだ。ビーチに点在する色とりどりのパラソルと、海水浴を楽しむ客が遠目でも分かる。ようやく活気が戻ってきた。


「志乃さん見て! 凄く綺麗だよ!」

「えぇ……」


 志乃さんは相変わらずの真顔で返事をしているけど、内心とてもウキウキしているに違いない。一緒に来られて本当によかった。まだ目的地に到着してもいないのに、心地よい余韻がフライングして訪れそうなほど、僕は心が踊っていた。






「着いたぁ~」

「やっぱこっちは暑いな……」


 終点の熱海駅に到着し、僕らは駅を下りた。駅周辺は結構な人数の外国人が徘徊していた。年々日本への外国人観光客が増えているとニュースで聞いたことがあるけど、実際に目の当たりにしてみると、その人数に圧倒してしまう。本当にここは日本なのだろうかと疑いたくなるほどだ。

 そして駅前のロータリーには、ホテルと提携しているシャトルバスが数台停車していた。入り口にはホテルのロゴが描かれたプラカードを持った運転手が立っている。駅に着いた宿泊客をスムーズにホテルへ送迎してくれる。大変優雅なサービスだ。


「腹減ったな……」

「とりあえずお昼食べよか」


 僕らもホテルに向かいたかったけど、既に時刻は正午を回っていたため、まずは昼食のお店を探す。腹の虫が駅構内のアナウンスに対抗するように音を鳴らしている。旅が始まったことによる高揚感が、空腹を加速させていく。

 事前に調べたネットの情報では、駅周辺は商店街がかなり繁盛していて、新鮮な海鮮料理を提供するお店やレトロな喫茶店、美味しい和菓子を販売している老舗など、大抵の食事は楽しむことができるらしい。


「おっ、ここ、ええんやない?」

「海鮮丼美味しそう!」

「あんま時間無駄にしたくねぇし、ここにするか」


 徒歩3分の場所に、こじんまりとした丁度良い料亭を発見した。ネットで調べてみると、かなり評価の高い口コミと、美味しそうな料理の写真がヒットする。

 早足で現地に向かってみると、「さすけ」と書かれたシンプルかつお洒落な木製の看板が、ぶら下げられていた。お昼時でそこそこ客が並んでいたけど、回転率が良さそうで長時間待つことはなさそうだ。


「ふぅ~、やっと落ち着けるわぁ」

「何にしようかな……やっぱり熱海に来たからには、海鮮食べたいよね~」

「でも、やっぱ本番は値段が張るな」


 メニューに記載されている料理の写真が、更に腹の虫を刺激してくる。腹を立てないうちに注文しておいた方がいいかもしれない。腹だけに。……何も上手くないか。


「志乃さん、どれがいいと思う?」

「えっと……これ」

「金目鯛定食かぁ。いいね! 僕はやっぱり海鮮丼かなぁ~」

「じゃあ私、アワビにしよ~」

「俺はナマコの酢の物」

「あんた、渋いな……」


 僕らは贅沢海鮮丼、金目鯛定食、アワビのバター焼き、ナマコの酢の物、ハマグリの潮汁、白玉クリームあんみつなどを注文した。運ばれた料理はどれもボリューミーで、長時間の移動と焼けるような日差しでバテた僕らを存分に癒してくれた。熱海名物の海鮮料理に囲まれ、僕らは大いに腹を満たした。


「流石志乃さん、食べ方が上品だね」

「お父さんに色々仕込まれたから……」

「腹も膨れたし、そろそろホテルに向かうか」

「せやなぁ。もう足がパンパンやで……」


 それから昼食を終えた僕達は、シャトルバスに乗ってホテルへ向かった。窓からは常に海を眺めることができて、海街の雰囲気が崩れることはない。車内にも南国リゾート風の陽気なBGMが流れ、長旅で疲れた客の心を癒してくれる。

 約5分ほど走り、「ネオ・ファンタスティックリゾート・アタミ」と記された豪華な看板を横切り、バスはメインゲート付近のバス停に停車した。VIPになった気分で足取りが軽い。


「着いた~」

「写真で見たけど、確かに見事な貫禄だな」

「ヤバッ、こっからでも海見えるやん!」


 空ではキューキューと鳴くカモメが羽ばたき、耳を澄ますとさざ波の微かな音が耳に届く。浜辺からやって来る潮風の爽快感を味わい、僕らはメインゲートを潜った。チェックインを済ませ、ルームキーを受け取り、エレベーターで宿泊部屋へと向かう。


「ほな、落ち着いたらロビー集合な」

「おう、準備できたらLINEしろよ」


 僕と照也君は725号室、志乃さんと星羅さんは724号室へと入っていった。それぞれ部屋に荷物を置きに行く。当然、男女別の寝室だ。

 泉さんがわざわざツインベッドのオーシャンビューの部屋を二つ予約してくれた。ご厚意は大変ありがたいのだけれど、少しでも志乃さんと空間が隔てられることに寂しさを感じてしまう。


「志乃さんと一緒の部屋がよかったなぁ……」

「お前、何する気だよ……」

「なっ、何もしないよ!///」


 別に変なことを考えてるわけじゃない。誓ってそれはない……はず。






「おぉぉ! またまた海や!」

「綺麗ね」

「写真で見た通り、しっかりオーシャンがビューしとるなぁ!」


 星羅はスーツケースを角に置き、カーテンを豪快に開ける。熱海の広大な海原は、何度見ても飽きないほど美しかった。部屋もホテルの寝室というよりは、平屋のリビングと言われても疑わないほど豪華だった。


 宿泊客のためにしっかり整頓されたベッドのシーツに、広々としたクローゼットと収納棚。着心地の良さそうな館内着やこのホテルの名物のお菓子、様々な種類の味が楽しめる茶葉まで用意されている。

 もちろんお風呂とトイレは別々で、設置されているシャンプーやトリートメント、芳香剤からタオル類まで高級感が漂っている。二泊だけ利用するにしてももったいないほどの極上のサービス精神が、部屋の隅々から強く感じられる。


「ヤバいで、この部屋! 私の家より豪華や! ずっとここに住みたいわぁ~♪」

「そ、そう……」


 私のような魂の凍ったような女でも、内心感動してはいる。けれど、それ以上に何百倍もハイテンションな友達がそばにいると、感動を表現しづらい。まぁ、元々表現することなんてないのだけれど。


「志乃、こういうの初めてなん?」

「えぇ、まぁ……」

「よかったなぁ、こんな豪華なホテルに泊まれて。私も志乃と来られて嬉しいわぁ♪」

「え、あ、どうも……」


 旅行の始まりからいつものように感情を抑え気味で、つまらない人だと思われているのではと、自分で振る舞っておきながら心配していた。それでも、私がいてもみんなは純粋に旅行を楽しんでくれているようで安心だ。星羅の混じり気のない笑顔を見ると、不安が嘘のように溶け消えていく。


「せや、はよ準備しなあかんな。男子待たせられへんし」


 星羅がスーツケースを開け、中身を漁る。私も荷物を広げて準備を始める。テンションが上がるなんて私らしくないけど、自分がこの旅の中で一番楽しみにしていることが、この先に待っている。私はバスタオルと着替え、財布やスマフォなどの貴重品を小袋に入れて抱える。


「ほな行こか、温泉!」


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