フルボディ
高田"ニコラス"鈍次
第1話
凛香は時間にうるさい。
「お金と時間、どちらが大切か?」
と質問されたら、「時間」と即答する。
時間は2度と戻せないからだ。
仕事は無事に定時で終わった。
「やれやれ。」
今夜はイツキとデートの約束をしている。
そう、バースデーをお祝いしてもらうためだ。
イツキは大学病院のドクター。
法律の勉強もしていたりと、とても優秀だ。かと言って堅物なわけでもなく、フランクで親しみやすく、フットサルを楽しんだりと何かとそつない男性である。
そんなイツキは、当然のことながら待ち合わせにもジャストの時間に現れる。
凛香は、そんなスマートなイツキが大好きだ。
まだつきあい出してまもないが、同じ職場で仕事をしていて、気心知れた仲でもある。会話も小気味よく流れ、一緒に話していると時間を忘れるほど楽しいのだ。
今夜は麹町のフレンチに案内してくれることになっている。
麹町と言えばスタイリッシュな会社員も多い大人の街。小洒落たレストランは、時として商談や接待にも使われる。
シェフの出迎えで店に入ると、先客は一人も居ない。イツキは今夜、そんなフレンチの店を貸し切りにしてくれたようだ。
凛香はちょっと優越感に浸る。
女性はことさら「特別感」に弱い生き物なのだ。
食事はワインからスタート。メニューには高級食材が並んでいる。とっても楽しみ。
イツキは慣れた様子でワインのテイスティングをしてくれる。安心感このうえない。
「誕生日、おめでとう!!」
2人はワイングラスを重ねた。グラスの音が、誰もいない店内に響き渡る。
「あ、これ。」
イツキは小さな紙袋をテーブルに置いた。
「何だろう?!」
凛香が目をキラキラさせ箱を開けると、ガラス細工のピアスが入っていた。ハリオというメーカーのピアス。以前、街中を歩いていた時に欲しいと話していたものだった。
イツキはそれを覚えてくれていた。
その事がすごくうれしくて、凛香は上機嫌になる。
前菜、魚料理、肉料理。お料理に合わせたワインを楽しんでいく。至福の時だ。
けれど、毎日がこんな日だったら飽きてしまうだろう。ふだん仕事をしているからこそ、こんなひとときがありがたいと思う。働いていて良かったと思う時間だ。
2人の会話も弾む。仕事のこと、社会のこと、周囲の人のこと。話題は尽きることがない。そして何より楽しいのだ。
メイン料理をたいらげ、ひと段落したところで、お店の照明がふと暗くなった。
すぐにバースデーソングが流れ、キャンドルに火が灯されたバースデーケーキが運ばれてきた。
ベタかもしれない。けれど、凛香はそんな演出もうれしかった。
「さすがイツキ。できる男は違うわね。」
凛香はさらに上機嫌。ワインのせいか、頬も上気している。
「いいなあ。今日みたいな誕生日、幸せ。」
コーヒーとケーキも楽しみ、まだ残っているホールに近いケーキはテイクアウトにしてくれた。
もちろんホールのケーキなんて今まで持ち帰ったことが無い。
イツキは、凛香が化粧を直している間にスマートに会計を済ませ、タクシーを呼んだ。
「ねえ、明日は休み?」イツキが聞くので、
凛香は「うん。休み」と答える。
そのやり取りがもう合言葉であるかのように、イツキはタクシードライバーに「渋谷へ」と、行先を告げていた。
ホテルに着いた2人は、どちらからともなく互いの身体を貪りあう。
凛香はほろ酔い状態。いい気分にはなっているが、酔いつぶれてしまっては、これからの時間が台無しだ。
「先にシャワーに入るね。」
「わかった。」
熱いシャワーが、火照った凛香の身体を更に熱くさせる。お楽しみはこれから…
凛香が出てきた後、イツキがシャワーを浴び、凛香は先にベッドの中に入りこむ。
凛香はこんな時、内心ドキドキしている。初めてではないのにドキドキしてしまう。
このあとどうなるかわかっているのに…
イツキがシャワールームから戻ってきた。
ガウン越しにも、鍛えられていることが分かる肉体。
イツキはそっとベッドに入ってくるなり、凛香を抱き寄せ唇を重ねる。この時間が凛香は好きだ。
いつにも増してキスの時間が長い。イツキの舌が凛香の舌に絡みついてくる。絡みつくごとに、凛香はイツキを受け入れる準備が整っていく。ディナーのひとときと相俟って熱にうかされているようだ。
イツキの唇が凛香の耳許をくすぐると、凛香の口元から思わず吐息が漏れた。
それを合図にするように、イツキはすらっとした指を、凛香の乳房に滑らせていく。
夜はまだ始まったばかりだ。
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