第5話 天狗の里
晴れ渡った天候の中なだらかな獣道を3人で進む。遠くから聞こえる鳥の鳴き声や虫の息づかいがここが自分の知る都会ではない事を実感させてくれる。
よく耳を澄ませば遠くの方からゴォーッと高いところから水が落ちる音が聞こえた。高尾山周辺の地理には詳しくないが、もしかしたら近くに有名な滝でもあるのかもしれない。天狗を名乗る化け物に強制連行されていなければきっとピクニック気分で楽しむ事が出来たはずである。
「最初から全部筒抜けだったんじゃないですか。人が悪い」
僕は歩きながら
「
「……天狗の
確か天狗が使う超常の力、いわゆる超能力だ。天狗が神と同一視されるほどの特別な力だった気がするが詳しいところは分からない。
「
(……電波? いきなり何だよ。話の流れ的に神通力についてだよな? 多分。えっと僕なりに解釈すると天狗は6種類の超能力が使える。で、極めればさらにその先があって皆そこを目指しているって感じか?)
「大まかに言えばな。神足通などは使い手によっては様々な事を
「じんそくつう?」と再び僕が首を捻っていると、愛宕は無理矢理まとめに入り僕に向かってこう告げた。
「いかに言葉を尽くしても今のお主には伝わらんだろう。とりあえず人とは違う大層な力を持っていて、違う価値観で生きる生き物だという事だ」
「いづなより物を知らない人、初めて見た」
ナチュラルに他心通とやらで読心されながら頷きを返していた僕に、ここまで黙っていた飯綱が割って入る。普通に馬鹿にされただけな気もするが、子供らしい舌っ足らずな声とちょこちょこと可愛らしい仕草のおかげで非常に微笑ましい。僕はなんだか嬉しくなって、彼女に向かって手を振るがすぐに愛宕の後ろに隠れてしまった。
「とにかく、だ。天狗は人間とは違うのだ。なぜこんな話をしたかと言うとこれから儂が長を務める里に案内する。お主であれば大丈夫だと思うがくれぐれも先の言葉を念頭において失礼のないようにな。そこで暮らす者達を見ればお主の不審も晴れる事だろう」
「マジっすか……」
そうなると飯綱で遊んでいる場合ではない。こんな訳のわからない存在がこの2人以外にも存在するという衝撃と、これからまさにその場所へ連行されるという事実に、僕の足は疲労以外の理由でさらに重くなるのだった。
「着いたぞ」
「なんだよ、これ」
正直ここに着く前から嫌な予感はあった。歩いた時間は明らかに高尾山を登っていた時間より長かったし、時折遠くから聞こえる巨大な
おかしいのはそれ単体でも絶対に観光の名所になりそうなそれらが無秩序に点在しながらも……人の気配がまったくしないのだ。それどころか人工物すら見当たらない。これはハッキリ言って異常である。
しかし、それは獣道を辿った事で本来のルートを外れているせい。たまたま今日は
だが彼等の言う里を遠目に確認した時、僕の現実逃避はついに終わりの時を迎える。
「おかしいだろ……こんな場所」
山の風景に溶け込み調和するようにその集落は存在した。
目の前に現れたのは現代の発展した文明社会に真っ向から反逆し、タイムスリップしたかと錯覚する世界。今の時代から数百年は遅れた自然と共にある生活。
住んでいる住人は決して多くないと断言できる。理由はポツリポツリと見えるかやぶき屋根の小さな平屋。まともな文明人が住む場所じゃない。時代錯誤にもほどがある。
現代で例えると家屋の数をまばらにした岐阜県の観光名所、白川郷の町並みが1番近い。あそこほど綺麗でしっかりした作りではないが僕の貧弱な知識では他に例えようが無い。それにあそこと違い地中に電線など
目に見える場所に車や観光客、その他文明を感じるものが全くないのがその悪い予感に拍車をかける。
(いったい、なんなんだよ)
人は弱い。気候ひとつに振り回されあっという間に被害を被る。文明、ひいて道具というものは暮らしを便利に快適にするものだ。便利な道具を用いる事で人は生き物の頂点、霊長となった。逆に考えれば人が他の生き物と戦い過酷な自然を生き抜くためには道具という補助輪が必要不可欠だったのだ。もしそれらが無ければ人類はここまで発展しなかっただろう。
しかしここにはソレが無い。頑強な肉体と不思議な力を操る天狗。強者である彼等にとって生活の補助輪など必要ない。そんなものは最低限、あるいは暇つぶし感覚の趣味で
(知らない……こんなの所、僕は知らないぞ……いったいどうなってる)
図太くて鈍感な僕も流石に血の気が引く。訳のわからない人達と理解の及ばない場所。自分の頭がおかしくなったようだ。夢であったら覚めて欲しい。放し飼いにされているのかやたらデカい犬が横切り、高い空では
「なっ!?」
バサリ、バサリ、と空から人型の物体が降ってくる。
翼人。ツバサを持った人間……であればまだ救いがあった。「今度は天使様の登場ですか?」と半ばやけくそで開き直る事も出来たかもしれない。が、本来人の頭がある部分にのっていたのは巨大な鳥の頭、羽ばたく翼は漆黒。流石に無理がある。
「おう。
「
「――――――――」
頭が真っ白になった僕は開いた口がふさがらない。
愛宕から次郎坊と呼ばれた鳥の顔を持つ鳥人間はクチバシを器用に操り
「ちょっと訳ありでな。扱いは儂の客人と思ってくれていい。詳しくは後で説明するが少し
「おお。では今晩は宴ですなっ」
「ほどほどにな。それよりどこかに空き家があったか? 無いなら最悪小屋でも構わんのだが」
「里の方はなんとも……ああ。そういえば石鎚様のところは空いてるんじゃないですか」
「兄者の?」
「ええ。皆、遠慮してるんです。石鎚様は里の英雄ですから」
「くだらん。兄者だったらそんな細かい事気にはせん」
「それでも、ですよ。そういうものです」
愛宕のおっさんは平然と雑談を続けるが僕は言葉を話す烏の顔に釘付けになっており内容がまったく頭へ入ってこない。
「まぁ、それならそれで都合が良い。なら当面はそこに住ませるか……おいっ。小僧。いつまで固まっておる。お主の家が決まったぞ」
「へっ?」
「だから家じゃ。住む場所が無いと流石に困るだろう?」
(……なにがどうした? この人はいったい何を言っている。ナチュラルに僕が化け物達と暮らす事になっている件。認知症か? 冗談じゃない。付き合っていられるか。僕は自分の家に帰らせてもらうっ)
「ん? 認知症ってなんだ?」
僕はその言葉を華麗にスルーし、認知症について自分の脳が彼に詳しく説明を始める前に言葉を返した。
「家を用意してもらうなんてとんでもないっ。僕の事はお構いなく。大丈夫ですから」
「大丈夫ってお主……そんな貧弱な身体で野宿でもする気か? 普通に死ぬぞ?」
「いやいや。野宿なんてしないですよ。安心して下さい。それにほらっ、僕って人見知りですし? こちらに上手く馴染める自信がありません。そっちのイケメンで粋な鳥さんにも絶対に迷惑かけると思います。そもそも心配してもらわなくても僕にはちゃんと帰る場所がありますから」
鳥人間がギョッとした顔で僕をマジマジ見ている。
(えっ!? なんか失礼だった? 僕にしては珍しく刺激しないようお世辞で褒めてあげたのに……イケ鳥の方が良かったか? まさか女性だったり? そんなん分かるかっ。僕はヒヨコ鑑定士ではないからぱっと見でオス、メスの区別なんてつけられな……い、いやっ、今はそんな事はどうでもいいっ)
意味がわからなすぎてテンパりすぎていた。端的にいえばパニック状態。鳥人間の僕を見る目がさらに厳しくなるが正直本当に余裕が無い。一刻も早くここから離れたい。これ以上この場所にいれば頭がどうにかなってしまいそうだ。今僕はおかしくなったテンションと勢いだけで会話している。それももう持ちそうに無い。僕は常識という言葉が好きではないが流石に限度というものがある。
「……そういう事か。ようやく合点がいった。落ち着きすぎているし、時たま訳の分からぬ事を考えておるからおかしいとは思っていたが。そもそも自分の置かれている状況に気づいていなかったという事か……」
「――何ですか? 今度はいったいどうしました?」
憐れみの表情で僕を見る愛宕に嫌な予感がジワジワと背筋を這い上がってくる。そんな僕の予感をそのまま肯定するように愛宕は口を開いた。
「帰れんぞ」
「へ?」
「お主は、家に、帰れない。分かったか? 当面の間ここで暮らしてもらう」
「……またまたご冗だ」
「冗談ではない」
(……やっぱり人さらいっだったんじゃないか……)
目まぐるしく変わる状況と崩れ去る自分の常識に僕はついに
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