僕の表裏怪奇譚
畔藤
境界を翔る者
第1話 ズレる常識
常識ってなんだろう?
社会が
これは現在高校生の僕が小さい頃、小学校の低学年の時にほんの少しだけ大多数の人間と自分との常識の違いを学んだ時の話だ。
学校から帰宅し
ランドセルという子供に義務づけられた
「ただいま。お母さん。ねぇ、聞いて? 智也くん達、酷いんだよ。みんなで僕の事からかってくるんだ……」
「おかえりなさい。いきなりどうしたの
「もう学校なんて行きたくないよ。智也くんも康平くんも。僕が非の打ち所がないイケメンだから嫉妬して、いじわるしてくるんだ」
「――――はぁ。まったく。誰に似たのかな? このおかしな性格……きっとお父さんね。それで? いつもみたいに気づかない内に挑発して怒らせちゃったんでしょ? いつも言ってるじゃない。言葉には気をつけなさいって。ただでさえ翔は勘違いされやすいんだから」
「い、いやっ。そんなんじゃないってっ! 今回は何も悪い事してないってば。そうじゃなくって智也くん達はアレが見えないフリして……あの人達をまるでいないみたいに扱って僕をからかってくるんだっ」
僕はそう言ってベランダから見える道路を歩く黒い影を指さした。
それは人間の形をした奇妙な影だった。
不思議なのは影のように見えるにも関わらず周囲に人間の姿は見当たらない。独立して行動している。
影の姿はここからでも複数確認出来ており色の薄い影、少しだけ濃い色の影など、注意深く観察してみれば影にも違いがある事に気づく。
異様に右腕が長い個体や、足の長さが釣り合っていない個体。ゆっくり首を回転させている個体など明らかにおかしい動きをしている様々な影が存在する。そしてそれらはまるで人間本来の姿、形、体の動かし方、その在り方を既に忘れてしまったような……「ああ。彼等は、終わっている」そんな
「――――――翔。人を指さすのはやめなさい」
母が影に厳しい目を向けながらも行儀の悪い僕の行動を非難する。そうしてどこか哀れむように影達を見下ろしながら僕に向かって言った。
「あの人達には関わっちゃいけないって何度も教えたでしょ? ……そうね。翔も小学生になったからもう少し詳しく話すけど、あの人達は本当はここにいちゃいけない人達なの……智也くん達みたいなこの世界に住む多くの人達には見えない――世の中では幽霊って呼ばれているのがあの人達の正体なんだよ」
「えっ? 幽霊っ? それってお化けってこと!? 人に取り憑いたりして悪い事するあの!?」
僕にとって彼等は物心ついてからずっと視界の片隅にチラついていた存在。確かに「関わるな」と厳命されていて、挙動も気色悪かったので直接話かけたりした事はない。自分達とちょっと違う不思議な人間の一種くらいの認識で、あまりにありふれた存在であったため言葉が上手く飲み込めず頭が混乱する。
僕の幽霊像とは基本的に人前には姿を見せず恐ろしいもの。そしてそれはあくまで創作の世界の住人で、映画やアニメなどの画面の向こう側にしかいないと思っていたのだ。それが身近な場所をその身を隠さずに昼夜問わずに
「翔は幽霊を少し勘違いしているけどね。幽霊って言っても悪い事をする人達ばかりじゃないの。むしろそういう事をするのは少数派。でもね? 人間にも悪い事をする人はいるでしょ? それと同じ。あの人達もそれぞれ
「ただ?」
「ただ、ね。よっぽどの事情を抱えた人でない限り――――忘れていっちゃうの。良い事も。悪い事も。大切な人の事も……自分自身の事さえも。だからね、時間が経てば立つほどに世間一般で言われている良い事と悪い事の区別も、もちろんつかなくなる」
「もしかして、この前に見た赤い人?」
以前母と一緒に出かけた際、真っ赤に染まった影を目撃した事がある。今まで見かけた事のなかった色違いのレアな影だったので、もっとよく観察しようと近づこうとしたら凄い剣幕で叱られた事があった。頷くことで肯定を示す母に僕は昔から思っていた疑問を問いかける。
「だから……危ないから関わっちゃいけないって事?」
「それだけじゃない。問題は
母の言いたい事を僕は察して
きっと今日、友人達にからかわれた事を言っているのだろう。そして彼等に言及する事を続ければそういった事がこれからの人生ずっと続いていくと……
「でもね」
「えっ?」
頬に伝わった温かい感触に顔を上げる。母の手。いつの間にかベランダを悲しそうに見ていた母は屈んで僕に視線を会わせている。その目はとても真剣で幼い僕にもこれからとても大切な事を言われるというのが分かった。
「もし……もし、翔自身がいつか間違っていると感じて、彼等に覚悟して関わると決めたなら。貴方が心の底から正しいと感じた道を曲げるくらいならお母さんは反対しない。そしてもし、彼等に関わると決めたのなら――迷わずキチンと最後までやり抜きなさい」
「……」
「散々関わるなと言った後でこんな事を言うのはおかしいんだけど……もちろん母としては止めるべきで、わたしとしても危ないから関わって欲しくないんだけどね。貴方は――――あの人の息子だから。だからきっと決めたら止まらない。だったら、わたしは尊重する。確かに貴方はちょっとだけ変わった子だけど、根はとっても強く優しい子。そんな子が決断したのなら応援するわ。だって貴方は
母はそう言って少しだけ胸を張り誇らしげに笑う。その目は優しげに僕を奥底を見据えており心からの信頼と期待が見てとれた。その時の母の表情を僕は一生忘れないだろう。
言っている意味は半分も分からなかったが、この信頼は裏切れないという事だけは魂で理解した。
しかし結局、当時の幼い僕は素直に思いを伝える事ができず胸に湧き上がってくる謎の気恥ずかしさにいつもの……いつも以上の軽口で母に言葉を返す。
「……そっかぁ。やっぱり僕は特別な側な人間だったんだ。前々からそうかな? って思ってたけどお母さんから面と向かって直接言われるとちょっとだけ照れるね。うんっ! わかったよ。とりあえず明日からは色々持ってない可哀想な智也くん達に合わせて僕も見えないフリをするねっ」
「――――はぁ。少し訂正しないと。ちょっとだけ……じゃないね。この自意識過剰な性格だけは敵を無駄に作るわ。必ず
幼き頃の僕は自分の中の疑問が解決し、既に脳内の大半は今日遊ぶゲームの事で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます