第4話 第四の妖バグ
平和というのは長くは続かないものである。
二丁目に突如出現した巨大なムカデは三代続く酒屋の日下部さんの店舗兼自宅を破壊し、続けて三週間前に入居したばかりの念願の一戸建てを目の前でつぶされた山田さんが悲鳴を上げる。
最近庭の手入れに目覚めて丁寧に植物の世話をしていた有閑マダムの佐藤さんの丹精をこめた芝生は、一瞬でえぐりとられた。マダムの絶望が手に取るようにわかる。
この日は木曜日。妖バグの出現を知ったユウは学校にいた。
昼休みが終わる直前、ポイラッテからの通信が腕輪に届いたのだが、ヒーローズには本業優先の縛りがある。
今回の妖バグが巨大化した生物なのか、ロボットなのかは倒してみないとわからない。どちらにしても直接倒す力を持っているのはブラックとレッドのみだが、この二人は現役高校生。
ブルーは大学にいるか寝ているか。
となると、仕事が休みのイエローが出動する事になるが、彼には戦う手段があるようには見えなかった。あくまでサポートの回復役のはずで、あの足の遅さからおそらく相当どんくさい。
「ジョンが行くんだろうか」
『今すぐ動ける状態の彼に、ユウの放課後までの時間稼ぎをお願いする事になると思う』
「彼ににそんな事が出来るかな?」
『ハニーがいるから囮ぐらいには。僕も先に現地に行くから、ユウも学校が終わったらすぐに来て』
「わかった」
予鈴が鳴ってしまい通信を切る。学業も大事だが、それよりも大切な事が今発生している状況にやきもきとした気持ちが募る。
――宇宙法三百八十七条により、本業をおろそかにする外部労働を禁ずる
これに違反するとブラックホールの傍にある宇宙刑務所に収監されるらしい。長期刑ではないがブラックホールの傍というのが災いし、一か月の刑期を終えて出所すると、地球では半世紀終わってるとかなんとか。
学校内にもう一人、宇宙法三百八十七条に怯えている人物がいた。担任の大塚。空き教室で彼女は通信を行っている。
「えっ、もう四号を出したんですか……! あ、はい。いえ、あの、わたくしめはこれから授業が一本ありまして、今はその、こちらが本業認定ですのでちょっと出動は、あ、はい、はい、重々承知しておりますが」
何もない空間に向かってペコペコ頭を下げ続けるが、通信の相手は大変ご立腹の様子。要約すると「
授業もしなきゃいけないし、帰りのHRで眼帯の持ち主を探すつもりでもいた。大塚の脳内では、授業>眼帯の持ち主探し>結社の任務という優先順位になってしまっている。
仕事と任務の板挟みで返事に窮する恋する乙女と、友達になったばかりの仲間の安否を気にする少年の悩みを解決する唯一の方法。それは……!
ズゴォオォオオオオオオン
突然、地面から突き上げるような轟音に、学校にいた全員が同時に飛び上がって驚いたものだから、その着地でもう一回ちょっとした振動と音が追加された。
ダァアアァァアアン(着地音)
今の轟音は何だ!? と色めき立つクラスメイトの中で、ユウは過去に体験して知っていた。あれは妖バグが地面から飛び出して来た時の音と振動。答え合わせをするように間髪入れずに学校のグラウンドに黒い巨体が揺れ、学生たちはパニックになった。
悲鳴と共に全員が教室から次々と飛び出して行く。
「多田! 急ごう、はやく逃げようぜ」
隣の席の鈴木が叫んだ。
「先に行ってくれ」
「何、正気か!?」
「正気だ、大丈夫すぐに行く」
「わかった、早くしろよ!」
ユウは頷きで答える。この期に及んでもさしすせその術にこだわるユウは、良い言葉が思いつかない時は頷くか首を振る事で誤魔化す。
教室に一人になったのを見計らって通信をする。
「ポイラッテ! どういう事なんだ」
『ブルーの指示で学校に妖バグを誘導したんだ。これで休校になるだろうから心置きなくマジカルヒーローの仕事が出来るはず、というブルーのアイデアだ』
「あの人、頭はいいかもしれないけど手段の選択で頭がおかしい」
幸い学校のグラウンドは広く、戦闘には都合がいいが。校舎になるべく被害を与えたくはない。
ユウは誰とも会わないように階段を駆け上がると、屋上に出た。
そこで満を持して叫ぶ。
「
少年の制服が光の粒子に分解されると、身体がすべて輝く白いシルエットになり、黒いリボンが巻き付く形で黒装束をまとう魔法少女さながらのビジュアルの変身を終える。ちょっと慣れて来た自分が気恥しい。放送コードに引っかかりそうな部分はリボンと光で上手く演出的に隠してくれるが、微妙に段階的には全裸だったりする。
屋上のフェンスの端に立つと、丁度現れた妖バグの真上にいる形だった。ポイラッテがパタパタと羽ばたきながら重い体をなんとか飛ばしてユウの傍に寄る。
「イエローが車を使って囮になってここまで連れてきたんだ。ジョンはあの見た目のせいで補導される事が多いらしく、身分証明書として免許を取っていたらしい。ただペーパードライバーだったから、車はちょっと
ポイラッテの目線の方向を見ると、レストランの名前を書いた白いバンが辛うじて原型をとどめてるレベルでボロボロになり、トドメのように横転しているのが見えた。
「ジョンは無事なのか?」
「えー、ジョンの心配はするんだぁ」
プクーと膨らんで嫉妬するポイラッテを、今はそんな場合じゃないだろうと言いながら手刀を叩き込む。へぶしっ、という音がした。
視線を戻せばグラウンドの端にジョンと笹山の姿が見えてほっとする。
改めて敵の姿を見据えると、こちらも手慣れてきたいつもの決めポーズの過程を行い、青い刀を召喚する。
「
マジカルヒーロー・ブラック。それは宇宙の技術の粋とユウの妄想力が生んだ最強のヒーロー。
彼は躊躇せずにフェンスの端を蹴り、妖バグの頭上に向かって飛び降りて行った。
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