第3話 第三の妖バグ
とにかく母のパート先を目指すが、避難勧告の放送に従う人の波に押され、中々進む事は出来ない。ユウは人波をかき分け、泳ぐように流れに逆らって進む。
次々に巨大な虫の襲撃がある事で、人々はパニックになっていた。今までは一匹がたまに出て暴れるだけだから確率的に自分が遭遇する機会はないし、どこかで出たという話を聞けばこちらには出ないと判断していた人がほとんどだろう。災害で起きがちな正常性バイアスも発生しがちだ。
だが、たった一日のうちにこの付近で三匹目ともなると、まだまだ出てくるかもと人々が恐怖するのも当然であろう。
買い物で頻繁に使っている通いなれた道を人の波を避けながら、いくつもの角を曲がる。
徐々にすれ違う人数は減り、やがて誰とも会わなくなったと思った瞬間。
「あ!」
嫌な予感が当たってしまった。巨大なムカデが電柱よりも高く体を起こし圧し掛かって破壊しているのは、母の勤めるスーパーマーケット。店頭に積まれた日用品やカート、買い物かごが駐車場に向かって散乱していた。店の駐車場の中央に巨大な穴があり、そこから飛び出してきたのだと容易に想像がついた。十時の開店前だったこともあり、それほど車が停まっていなかったのは不幸中の幸いだったろうか。満車の時刻であれば被害は甚大になっていただろう。
全ての人々が逃げ出したのか周囲に人影はなく、遠くから近づくヘリの音と金属が噛み合うような耳障りなムカデの足音と砕かれるコンクリートの音。けたたましくなる避難指示のサイレン。
――母も無事に逃げ出せただろうか?
そう思ったのも束の間、ユウの目に見間違えようもない人影が、店頭の段ボールの下で動いているのが見えた。
「母さん!」
おそらく特売品の品出し中だったのであろう。崩れたトイレットペーパーの段ボールの下に、母がいたのだ。
巨大なムカデは人には興味を示さないので、ユウが母親の元に駆け寄っていくと、母は驚いたような顔をした。どうしてここに、という表情だ。
積み重なる段ボールを投げて避け、母の手を取る。
「母さん立てる? 逃げよう」
「ユウ、こんなところに来て危ないわ」
「何言ってるんだよ。大丈夫だ、あいつが店舗の破壊に夢中になっているうちに」
通常、妖バグは人間をわざわざ狙っては襲わない。刺激しなければこのまま無事に逃げ出す事が出来るだろう。母に肩を貸して立ち上がろうとした瞬間、周囲が一気に暗くなり、自分に影が落ちている事に気付く。
恐々と顔を挙げると、ムカデが体も頭もこちらに向け、真上からユウを見下ろしていたのだ。
「なっ」
明らかに、ムカデはユウを捉えていた。
恐怖に竦む足を叱咤し、ユウは母を半ば引きずるように走り出す。
同時に後ろから瓦礫の落ちる音、巨体が地面に下ろされた様子を感じたが、もう振り返る暇はない。
とにかく必死に走る。バキバキとアスファルトを割りながら、多数の足が動かされ引きずられる巨体の地響き、母を連れて走って逃げきれる気がしなかった。
そしてあれは、ユウを追いかけてきている。思い当たる事は一つ。
――仲間の
「母さんはここに隠れていて!」
ビルとビルの隙間にスーパーの制服姿の母親を押し込んだ。この隙間ならあのムカデは入りこめない。
「ユウ! ……あっ!」
彼はすでに走り出しており、その後ろを機関車のごとく巨大ムカデが追いかけていく。へなへなと隙間で母は膝から崩れ落ちた。
今は部活をやってはいないが中学時代は陸上部。昔から駆けっこだけは速かった。その記憶を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます