第2話 封印の丘


彼が青い刃の日本刀を手にする事になったのは、二時間ほど前までさかのぼる事となる。



 「普通」というキャンバスに、平凡という字を描いたような高校一年生、多田ユウ。前髪で隠しがちではあるがそれなりに整った顔立ち。可愛いらしさの中に凛々さがあると評されるであろう絶妙バランスのビジュアル。

 適度にスポーツを嗜んで爽やかな笑顔でも見せてみれば相当モテそうではあるけど、ちょっとばかし恥ずかしい奇行を中学時代に嗜んでしまったため、女の子とはお友達にすらなれずに卒業。

 その記憶を抹消し、高校生になってからは目立つ事は避け、空気のように場に馴染む事を心掛ける。変な意味でも良い意味でも、目立つのは嫌だった。

 何事もなく平和に高校生活を終え、自分の過去を知る者のいない遠方の大学に行ってから改めて青春を謳歌したいと考える。この高校三年間は耐え忍ぶ暗い春になる覚悟でいた。


 トーストをかじりながら朝のニュースを見ていたユウは、今日も元気に暴れるモンスターの映像に溜息をつく。


「ユウ、さっさと食べなさい。遅刻するわよ。母さんも今日はシノノメマートのパートがあるから、車では送ってあげられないわよ」

「杉脇町の方で妖バグが暴れてるみたいだ。バスが出てないかも」


 母親はエプロンで手を拭きながらテレビを覗き込み、眉根を寄せて同じく溜息をついた。


「……、自衛隊は何をしてるのかしら。こういう時のために訓練していたんじゃないの?」

「銃もミサイルも効かないんだからどうしようもないさ」


 空っぽになった皿を持って立ち上がり、流し台に置く。母親はテレビにくぎ付けだ。


 最初は小さな異変だった。

 本来数センチであるはずの虫が何倍もの大きさになるなどの巨大化が十年ほど前から始まり、温暖化のせいだの放射能だの遺伝子組み換えの生物兵器なんて話題が盛り上がりつつも、実際の原因が判明しない間に、時折とんでもない巨大生物と化した虫が地面を突き破って飛び出してきたと思ったら、怪獣映画さながらに街中で暴れるようになった。

 銃火器の類は一切効かず、半径一キロメートルの空間を瓦礫の山に変えると満足して地中に戻っていく。人をあえて狙うような事はしないが、潰された家屋や投げ飛ばされた車に乗っていた人は助からず、被害は甚大。

 この状態でできる事といえば妖バグが現れたら暴れる一定範囲から、人々を速やかに避難させることだけ。自然災害の一種、台風や地震・竜巻のようなものだと人々は思いこもうとしている。


 政府も国民も、「こうなったらヒーローの登場を待つしかない」等と言い出す始末だ。


「ヒーローか……」


 と独り言を言った瞬間、己の中に疼くような高揚感を得て、慌てて首を振って追い出す。改めて時計を見て、バスが出ていないなら徒歩で学校に向かうしかない現実に目を向ける。徒歩のルートには彼の過去を封印した小さな森のある丘を通らなければならないが、やむを得なかった。



* * *



 ユウは二年前、この丘ですべての過去を封じた。

 二度と日の目を見る事はないであろうそれを埋めた森を一瞥し、足早に通り抜けようとした、刹那。


「力が欲しいか?」


 背後から、低く涼し気な男の声が耳を撫でた。

 男として生まれたからには、一度は問いかけられたい言葉に、心臓が跳ねあがり血圧の上昇を感じる。血潮が、己の意思と関係なくたぎるのだ。

 振り向いたユウの目に映ったのは、風にあおられて転がる落ち葉と道の片隅に捨てられたレジ袋。


「もう一度聞こう、力が欲しいか?」

「力……?」


 声の主を見つける事が出来ず、キョロキョロと周囲を見渡すしかないユウの足元で、レジ袋が揺れる。

 レジ袋と思われる白い物体がふわりと浮き上がった。


 白いと思ったその物体はよくよく見ると、上から下に向けてピンクのグラデーション。下から上に向けて水色のグラデーション。中央が白。

 丸っこくぷにっとしたフォルムと豊かな頬袋……?

 背中にはそれで飛ぶのは無理があるであろう、小さな羽根。


「は?」


 夢かわいい生き物が眼前に迫り、思考が停止するが、ふと新手の妖バグである可能性に思い至って、ハッと体を引くと謎の生き物は可愛らしく首を傾げた。


「どうした? 力が欲しくないのか」


 先ほどから聞こえていたイケメンボイスは、目の前の珍妙な生き物から発せられていた。



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