恋するミツバチ
東急プラザ三階フロアを怜奈が早足で歩き回り、レトロなファッションショップの前で立ち止まると、金髪の天使が上を指差して上階へ急がせ、肩を並べてエスカレーターに乗って四階は素通りし、五階フロア無印良品カフェへ行き店内を覗き込む。
マリアと話していた賢士の表情が曇り、窓ガラスに映る怜奈と天使の姿を横目で見て、iPhoneのメモアプリに書き込んだ画面をマリアに向ける。
[待ち合わせ場所を決めないか?]
マリアは賢士のアイコンタクトで怜奈がカフェに現れたと気付き、スマホを手にしてメモアプリで返答を書き込む。
[藤が丘のジェノヴァでランチしよ。]
[了解した。僕が走り出したら、逆方向へ逃げろ。]
怜奈が席に接近して来た時には二人とも笑顔を取り戻し、声を変えて早口で英会話を始めた。
「It's okay to be free as you feel love.」
(恋は感じたまま、自由でいいんだ。)
「Yes. I don't care about the past or the future.」
(そうね。過去も未来も関係ないわ。)
怜奈は窓側の席でジェスチャーを交えて話す怪しいカップルを嗅ぎ回るが、確信が得られずに声を掛けられない。しかし天使が賢士とマリアの間に割って入り、息を吹きかけて賢士の付け髭を剥がし、マリアの赤毛を揺らしてカツラだと怜奈に教える。
「やっぱ、ケンジとマリアだ。そんな変装で私の目をごまかせると思ったの?なんで紹介した私たちから逃げるのよ」
怜奈は頬を膨らませて怒り、両手を腰に当てて仁王立ちになったが、賢士とマリアは立ち塞がる怜奈を無視して、レシートを持って出口へ向かう。
「Well, let's go.」
(じゃー、行こうか。)
「Yes. I don't understand Japanese.」
(そうね。日本語、わからないよ。)
怜奈はピッタリと二人の背後につき、貴子に電話して賢士とマリアを見つけたと報告したが、支払いを済ませた二人は左右に分かれ、怜奈はどっちを追うか迷う。
「貴子さん。ケンジとマリアを五階のカフェで発見しました。あっ、別々に逃げるつもりだ。私はケンジを追いかけます」
「Maria, wings of love.」
(マリア、恋の翼だ。)
「OK, Kenji. Let's fly around the flower garden like a bee.」
(OK、ケンジ。ミツバチみたいに花畑を飛び回ろう。)
怜奈は飛ぶように逃げて行く賢士とマリアを見て「恋するミツバチかよ?」とボヤき、金髪の天使と一緒に賢士の背中を追いかけた。
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